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あの夏
第232話
しおりを挟む「どや!打てへんやろ!」
ザザァ
ザザザ…
白い砂が宙に舞う。
思いっきり地面を蹴った足と、しなる肩甲骨。
千冬はいつも日差しの下にいた。
日に焼けてたのはそのせいだ。
半ズボンとTシャツ。
どんな時も身軽だった。
裸足で歩くのが好きでさ。
よく勝負してたな。
そういえば。
あれを「勝負」と言っていいのかはさておき、キャッチボールの後に、ホームベースを持ってきて。
ピッチャーとバッターを交互に交代しながら、何度も戦ってた。
結果は言うまでもない。
だから、俺からしてみればあれは勝負でも何でもない。
ただの練習。
野球が、少しでもうまくなるための。
「勝負って、いつも?」
俺が聞きたかったのは、…その、まあ、色々。
高校生になった千冬のことを、俺はよく知らない。
ラインの履歴も、部屋にあったアルバムも、全部漁った。
知らないことばかりが、そこにはあった。
最初アイツを見た時、わからなかったんだ。
“千冬”だってことが。
ずっと見てきたから、普通は気づくはずだって思うよな?
でも、逆にずっと見てきたからこそ、目の前に現れた女子高生が、「千冬」だとは思わなかった。
まさかとは思った。
疑ってしまう自分もいた。
なんていうか、その…
「いつもって言うか、練習の後にね?ほら、私も帰るの結構遅いからさ?たまに見かけるんや。ちーちゃんと亮平君がグラウンドに残ってるのを」
ふーん…
そんな嘘みたいな話が、そばにあるなんてな。
夢では見たことあるよ?
そういうシチュエーション。
朝起きて、覚めてほしくなかったっていっつも思ってた。
夢が終わる間際、千冬のストレートが霞んで見えて…
いつも思い出せなくなる。
夢の続きを。
ボヤけていく元気な頃の千冬の顔と、輪郭。
「海に行くで!」
窓越しに聞こえてくる元気な声が、いつからか遠のき始めた。
窓を開けると、いつもそこにいた。
片手に持った炭酸飲料と、大きめのキャラクターストラップ。
ゴツい個性的なスニーカーが、日差しの強い坂道の上で映えていて。
「どうかした?」
「…あ、いや」
病院に行くたびに、段々と思い出せなくなってきたんだ。
日に日に感じるようになってた。
隣にあったはずのものが、少しずつ遠い場所に去っていくのを。
そういう時はいつも、夢を見てた。
夢の中でアイツは、無邪気に笑って、手加減なんてなしの豪快なフォームで、腕を振りかぶってた。
振りかぶった後に、世界が止まるかのような静寂が一瞬広がって、全てがスローモーションになる。
キャッチャーミットに収まるか収まらないかの瀬戸際に、何かが遠ざかっていくような感覚があった。
夢はいつもそこで終わってるんだ。
気がついたら、朝が来てて。
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