シュレーディンガーの猫と私と、ときどきくもり


かつて、地球には月がなかった。



地球から遠く離れた宇宙にある惑星グリーゼ3251b(月の前身)には、テラと呼ばれる文明が存在し、その文明の中では、生と死が2つに分かれることはなかった。

テラの人々の生活は繁栄を極めていた。

何億年もの時間の中で星の命を取り込み、グリーゼ3251bを母船として広大な宇宙を転々としていたのだ。

彼らは「言葉」を持たない代わりに、他者と遺伝情報を共有することができる「融合」という微視的な量子情報の結合を行うことができた。

「言葉」の中に秘めている“時間”という概念を捨て去ることで、肉体と精神を切り離すことができるある電気的なシステムを開発することに成功したのだ。

彼らはこのシステムを使い、星の中に巡る「記憶」と「生命力」を抽出できるζ(ゼータ)細胞を創造した。

それが、物体という固有の情報を持たない「ζ(ゼータ)」と呼ばれる存在だった。

彼らは次の計画として、地球という星にζ(ゼータ)を送り、星の内部に眠る膨大な時間と遺伝情報を取り込む時期に入っていた。

何千年も暮らすその星の人々の記憶と魂を取り込むことで、次の星へと飛び立つエネルギーを手に入れようと計画していたのだ。

テラの住人の1人であるゼロは、地球の人々の命を取り込むために送り込まれたζ(ゼータ)の1人だった。

ゼロは地球人に擬態し、何百年もの間、人々の中に眠る記憶や時間を取り込み続けていた。

しかしある日、ある少女に擬態していたゼロは、1人の少年と出会う。

少年は心臓に重い病気を抱えていた。

限られた命を全うしようとする少年との日々に、永遠の命を持ち続ける自らの運命に対して、疑問に思う日々が続いていた。

ゼロは、かつて自分たちの心の中にもあった、“永遠という時間”の外側に流れる「言葉」と、その「可能性」についてを、少しずつ理解し始める。
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