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獄炎蝶

第262話

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 「そこをどけ」


 悪魔は刀身を下げたまま歩みを進める。

 声のトーンはやはり落ち着いている。

 冷静で、沈むような音色だ。

 一見すると無防備にも思えるような緩やかな足取り。

 坂本は警戒を解かなかった。

 敵の動きはもちろん、その一つ一つの“挙動”について。

 距離は十分あるにしても、相手の出方次第では一気に戦況が変わる。

 ディスチャージの効果はすでに切れていた。

 夜月は急ぎ電流を地面に走らせた。

 地面で繋がっている限りは、坂本と常に“通信”ができる。

 2人は今“同じ地面”の上にいる。

 距離は離れていたが、夜月の電気的な接続はその範囲をものともしなかった。

 坂本は彼女からの伝達を得た。

 相手の属性。

 魔力の“質”。

 ディスチャージの領域内で得た情報もすでに頭の中に入っていたが、夜月はこの短時間の間でより深い分析を行っていた。

 それは、自らが受けた敵の攻撃が、どのような性質を持っていたかの具体的な情報だった。

 立体面積あたりの魔力純度は天使と遜色がない。

 問題はその「魔力」が、どの程度の“示量性“を持っているかだった。

 魔力を持つもの同士の戦いに於いて、もっとも重要なのがこの部分だ。

 天使も悪魔も、“魔力総量”という固有値を持ち合わせているが、この物質的な”大きさ”やエネルギー自体の範囲を求めるときに、Sという量記号が用いられる。

 あらゆる生物、無生物には自己情報量というものが存在し、その数値が大きければ大きいほど、魔力としての“密度”も濃くなる。

 また、自己情報量とは情報量の大きさを定量化した数値のことである。

 「S」という量記号は情報の不確実性の大きさを表す量のことで、その値が大きければ大きいほど、その対象となる存在の「強度」が増す、という考え方ができるだろう。

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