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深淵からの使者

第244話

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 「真琴!」


 夜月は上空に浮上した後、彼女に呼びかける。

 真琴は夜月たちの行動にまだ介入できていなかった。

 そのため、弓を引いた体勢を取ったままだった。

 夜月が強く呼びかけたのは、真琴が弓を放とうという意識を持っていたからだった。

 ディスチャージの領域内においては、電磁波を通じて敵味方の思考を少なからず読み取ることができる。

 “少なからず”という言い方をするのは、状況によって精度がまちまちであるという点があるためだ。

 真琴が矢を放つのを止めようとしていた。

 それだけではない。

 彼女を守るために動いていたのもそうだが、キョウカの攻撃を止めた時と同じニュアンスで、彼女の動きを制止しようとしていた。

 真琴は躊躇していた指を離すかどうかの瀬戸際だった。

 揺らぐ思考が一点に定まろうとしたのは、目の前に迫り来る「闇」が、弾ける水飛沫のように膨れ上がったからだった。

 夜月の予感は的中した。

 球体から漏れ出てくる「黒」は、内側にある「何か」を外へと放出するために動いていた。


 そして——



 ドッ



 緑間の展開したシールドの表面にぶつかる闇。

 それは濁流になって覆い被さり、勢いよく呑み込んでいく。

 シールドの展開は間に合ったが、同時に、シールドの形成がまだ完了しきれていなかった。


 「くっ…」


 緑間は急ぎ魔力を出力する。

 モモカのスライムを外殻として利用している分、通常よりもリードタイムは短い。

 しかし時間に猶予がない。

 「ガム」によって付与できる伸縮性は内側にも“広げる”ことができる。
 
 つまり、物質としての密度を【より狭い範囲】に収縮することができる。

 ただ、それでも、その物質の強度を高めるための時間が足りなかった。

 それほどまでに速く、重く、上空の闇が降りかかってきていた。

 ガムの球体に沿って闇が流れていく。

 その触手はやはり液体のように柔らかく、流動的だ。

 バシャァァという擦れる音と共にシールド表面を滑っていった。

 通過した箇所だけ丸み帯び、そのまま後方へと勢いよく走り抜けていく。

 
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