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深淵からの使者

第218話

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 パキッ


 花弁の外側に垂れ下がっていた一本の氷柱が落下を始めたのは、鋭い振動が周囲に響いてからだった。

 目を疑ったのは、その「変化」の源にあった雪月花の“異変”だ。

 外側から刺激を与えなければ、氷が砕けることはもちろん、花の形状が変わることもない。

 しかし、だ。

 雪月花の中心には見逃すことのできない大きさの「穴」が、空いていた。

 そしてその穴の原因がなんであるかを、周囲の者たちは理解していた。

 ただしその理解が追いつく範疇には、理解に及ぶための情報の正確さが、十分に“足りていなかった”。

 自然の現象ではないことは明確だった。

 考えられる原因は1つだけ。

 しかしその「1つ」が、受け取り側の認識に於いては厄介だった。


 もちろん、周囲の者たちはわかっていた。

 キョウカがシールドを張ったのも、真琴が弓を構えたのも。

 街中でクリーチャーが現れるなど、日常茶飯事だ。

 別段珍しくもない。

 そして今回の案件が警戒度「3」に該当していること。

 調査隊が動いているということ。

 この総合的な状況の側面を加味すれば、想定され得る“危険性”についてある程度の措置と対策を取ることができる。

 夜月たちの行動は、あくまでマニュアルに則った動きに過ぎない。

 考えられる「可能性」を想定することはできても、それはあくまで可能性に対処するまでの動きに過ぎない。


 ——そう、雪月花に起きた異変は、その可能性が「実体」へと変化するまでの確かな距離を含んでいた。

 周りのものたちがうまく認識できなかったのは、——少なくとも、認識の処理に対して想定していないことが起きたからだ。

 その矛先にあったものは、予測していない魔力の奔流だった。
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