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旅立ちの日に

第662話

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 鳳仙花の花が咲いている。

 それは時折あくびしたようにうんと背筋を伸ばして、花びらの先に、一雫の陽だまりが落ちた。

 ジメジメした空気が田んぼを駆ける。

 網戸の隙間から差す木漏れ日が、ひらひらしたカーテンを触り。

 

 どれだけの時が流れても、忘れちゃいけないことがある。

 彼はまだその“切先”に、触れてはいない。

 触れちゃいけないとも思う。

 だけどどうしたって、もう巻き戻せないんだ。

 じっとしてても、時間は過ぎるんだ。

 朝になって目が覚めたら、アラームが鳴るように。



 「ねえ、行こう」



 彼はピクリともしなかった。

 その場に立ったまま、視線はおぼつかない。

 あの日もそうだった。

 きっと。

 亮平は言えなかったんだ。

 どうしても、諦めたくない気持ちがあって…


 所詮それはただの「言葉」だって、私なら思う。

 だけどずっと後悔してるんでしょ?

 そのことを、今のあんたは知らないかもしれないけれど。


 「行かん」


 なんだって…?

 聞き返そうになったが、やめた。

 こうなったら力ずくで行ってやる。

 右手を掴み、根っこから引っこ抜こうとした。

 そこでじっとしてたってなにも始まらないんだ。

 空を見てみろ。

 もうすぐ雨が降る。

 予報じゃ、「今日の午後からだ」って。

 
 「大体、誰に聞いたんや!」

 「はあ!?」

 「電話のことや!」


 …そんなの、いちいち説明してる時間はないんだよ。

 なんでもいいだろ、そんなことは。


 「あんたのこと、待っとるんやで!?」


 確証は持てなかった。

 でも、きっとそうじゃないかと思った。

 亮ママは、あんたのことが大好きなんだ。

 説明がいらないくらいに。


 「お前になにがわかるんや??」



 …そりゃっ


 思うように言葉は出てこなかった。

 そりゃそうだ。

 私にはなにもわからない。

 あの日のあんたが、後悔してるということくらいしか。


 本当は、ここに来るべきじゃなかったのかもしれない。

 余計なことはせずに、ありのままの時間を過ごせばよかったかもしれない。

 ここに来る時も思ったんだ。

 もし、亮平がいたら、なんて言うのがいいのだろう。

 なんて声を掛ければ、未来を変えられる?


 …いや、「未来を変える」なんてバカげてる。

 今さらながら、そう思う自分がいた。

 だって、本当に未来を変えられるんなら、こんな会話すらしなくて済むんだ。

 あんたの、そんな顔を見なくて済むんだ。

 それはわかってるんだよ…


 だけど
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