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風の通り道

第622話

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 もうこうなったら腹を決めて、タイマン張ってやろう。

 コップに満タンに入れた冷水。

 いくらでもおかわりできるように、店主にお願いしてピッチャーを2個用意してもらった。

 テーブルの前で手を合わせ、臨戦態勢に入る。


 「なんでそんなやる気出しとん?」

 「あんたらも人のこと言ってられんで」


 麻婆豆腐はグツグツ煮えたぎってるし、チャーハンはチャーハンで米が見えない。

 皿の上に真っ赤なパプリカみたいなものがデデーン!と乗っかってたからだ。

 世紀末な絵面だ。

 アキラはデザートが着く前に行方不明になってしまった。

 あとで探さなきゃ。


 まあ、見ててくださいよ。

 私の手にかかればこんなのお茶の子さいさい。

 何度もタイムリープを繰り返している女の力を見せてやろう。



 …ズズ


 …………

 ……………………んん?

 …………

 ……ゲッ!!



 「なんやこれ……、痛ッッ!!!!」



 年頃の女の子がお化け屋敷とかジェットコースターとかで驚いた時に、キャッ!!とかキャーッ!って無駄に高い声を上げているが、あんなのはただのリアクション芸だと思っていた。

 が、今の私にはわかる。

 辛さのあまり咄嗟に「うわッ!!!」と漏らしてしまった。

 辛いんじゃない。

 “痛い”んだ。

 どっからその痛みが湧き出てきたのかもよくわからない。

 とにかくこれは異常事態だ。

 これが「反射的な声」というやつか…。


 思考回路が固まったままみんなを見て、手に負えなさすぎるラーメンを遠ざける。


 「ね、さくら。それとこれ交換しません?」

 「は?」


 さくらはサイドメニューのデスソース付きフライドポテトをもくもくと食べていたが、見た目的にはまだマシな辛さっぽかった。

 ソースさえつけなければただのフライドポテトだろうし、かかってる部分を避ければ…ね?


 しかし絶対ムリと言われ、その場に縮こまるしかなくなる。


 誰だこのラーメン考案したヤツ。

 『超激辛スコーピオン』

 とか、名前がダイナミックすぎるし、キャッチコピーが

 『生か…、死か…』

 なんて、そもそも人に食わせる気ないだろ。


 つべこべ言ってもしょうがないので、黙って箸を握ることにした。

 他のみんなも悶絶しながら苦しんでるご様子。

 綺音に関しては全然余裕的な感じだった。

 バケモンじゃねーか。

 口中が痛いってのに。



 結局、汗だくになりながら約1時間かけて、麺だけはなんとか食べ切れた…。

 ゆっくり食べすぎて、後半は麺が伸びまくって大変だった。

 スープ吸ったせいで膨らんでて、食べにくい食べにくい。

 ハバネロだかブートジョロキアだか、だいたいそんなスープの香辛料が麺と結合して、とんでもない化学反応を起こしていた。

 余ったスープは見なかったことにした。

 多分飲んだら死ぬ。

 間違いない。


 苦行すぎて目的を忘れるところだったが、ここまでやって来たのには理由があった。

 さっきも言ったように、ある事件を追ってのことだった。

 「事件」といっても、殺人事件とかそういうんじゃない。

 その「事件」は私も知っていた。

 知っていたっていうのは、私がいた世界でも、一時有名になったニュースだったからだ。




 最初にそのニュースを耳にしたのは、車で流していたラジオだった。

 電波の悪いチャンネルをどんどん変え、最終的に「兵庫エフエム放送」にした。そこで、あるキャスターの声に耳が留まった。

 「それにしても、どこにいってしまったんでしょうか」

 最初は、一日中晴れる予報だった天気が悪天候に変わり、雲一つなかった青空がどこに消えてしまったのか、そういう軽いノリのトークでもしてるんだろうと思っていたが、話を聞いていると、どうも違う。

 その日の朝、ある1人の男の子が家族の前から姿を消したと伝えていた。

 正木公平くん。2012年6月23日(土曜日)午前8時10分頃、神戸市西区押部谷町の家の庭先から、突然いなくなった。

 その当時は、家でも学校でもこの失踪事件について話題に取り上げられていた。中には宇宙人が連れ去ったんじゃない!?とか、子供は神隠しに遭うって言うから、森の中に連れ去られたんだよ!とか、憶測にもならないことを言う人もいた。それほど、不思議な事件だったからだ。

 公平くんは神戸市内に住む自営業の父 (29歳) の二男で、母親が2 週間ほど前から入院したため、会社員の祖父 (57歳) の家に預けられていた。

 行方不明時は兄 (4歳) と祖父宅の庭先で遊んでいたが、目を離した隙にいなくなった。

 祖父宅は山林のすそのに広がる畑の中にあり、周辺は急勾配で、大人でも上り下りするのは大変な場所。

 警察や地元の人たちは周辺の草をすべて刈り、納屋や用水路のマンホールなどくまなく調べたが遺留品すらも見つからなかった。

 現場周辺は車の通りも少なく、23日午前中の通過車は2台と判明したが、いずれも事件や事故との関わりを示すものはなかった。

 警察犬を使った捜査も行われた。

 庭から町道に出たところで警察犬はニオイを見失い、ニオイはそこで消えていた。
 
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