雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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【第9章】世界が終わる前に

第618話

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 練習が終わって、男子と女子それぞれのミーティングが終わったあと、先輩から声が掛かった。


 「なぁ、今日ラーメン食いに行かへん?」


 体育館の入り口前で、2年のメンバー同士くっちゃべっている中。

 リュックを担ぎながら自転車置き場に向かう先輩。

 自転車は?って聞いてくるから、徒歩ですと伝えた。

 ほんとはキーちゃんに乗せてもらうんだが、まだ大学から帰ってきてない。

 そういう時はアキラの後ろに乗るが。


 「そうなん?後ろ乗る?」

 「え、でも…」


 アキラを見て、どうしようって目で訴えると、何故かその横で綺音がオーバーリアクションなガッツポーズをしてみせ、行ってこい行ってこいと賑やかにはしゃいでいる。

 …はぁ。

 べつに行くのは構わないけど、ほんとに興味が無いからね?

 それを伝えるのもめんどくさいので、「まぁ、とりあえず行ってくるわ」と、他のメンツにも伝えた。


 自転車を押して歩く先輩の横を歩き、板宿に美味しいと評判のラーメン屋に向かった。

 今年の3月にオープンしたばっからしい。

 元々は「ココスカレー」ってチェーン店があった場所に、そのお店が入ったっぽかった。


 午後7時を回って、辺りは薄暗い。

 学校の話題とか、昔のこととか、いろいろ話した。

 傑作だったのは、相変わらずの先輩のださ可愛い一面だ。

 バスケのこと以外何も考えていないみたいな、手入れのなってないダボダボのズボンに、行き当たりばったりの会話。

 でも、不思議と会話にはストレスを感じなかった。

 先輩とはよく話してたが、気さくになんでも言ってくれるし、先輩風を吹かすわけでもないし。

 お互い回りくどいことは嫌いだし、先輩は昔から、何も考えてないと思えるくらい淡白で、ストレートな性格を持ってた。

 単純で、真っ直ぐで、素直。

 どっかの見栄っ張りとは大違いだね。

 女子部員の先輩や松つんにしごかれる新1年生を気遣って、飾り気のない笑顔を振りまく。

 「無理すんなよ」って言ってくれる、そういうちょっとした気遣いも持っていたり。

 変にひねくれた一面を持ってないというか、単純な優しさを持ってるというか。

 突然ラーメン食べよって誘ってきたのも、多分本人が食べたいからだろうし、誰かと一緒に行った方が楽しいと思ったんだろう。

 理由があったとしても、どうせ「スタミナつけようぜ!」的なノリだ。

 っていうか先週3人にラーメン食いに行かん?ってめっちゃ誘って断られた、可哀想な私を見てたのかもしれない。

 悔しがる私に見かねて、そっと手を差し伸べてくれたのだろうか?

 べつに今は、ラーメン食べたいとは思ってないんだけど。


 ストレートに思いついたことを言う割には、案外気の利いた発言をする。

 さすがチームのセンター。

 先輩と付き合ったら、デートとかでも頼もしいんだろうな。

 試合の時のように流れる足捌きで、ペイントエリア内を支配する。

 場所とか「時間」とか、そんなのを選ばずに、バツグンの反射神経と判断力で、パパパッとスムーズな展開を用意してくれるんじゃなかろうか?

 試合中に行き詰まった時は、いつも先輩に目が行ってた。

 どんなにピンチでも、試合をひっくり返してくれるんじゃないかって。


 「アイツらも誘えばよかったな」


 ″アイツら″とは、2人のことだ。


 「アキラは、塾があるんで」


 アキラと綺音は、あとでキーちゃんの家に行くらしい。

 PTAの会議内容について話し合うんじゃないか?

 期限が迫ってるしね。


 「勉強熱心やなぁ」

 「先輩も勉強しないとダメですよ。バスケばっかやってないで」

 「…ああ、俺?俺は一夜漬けタイプやから」

 「テストの点数だけが全てじゃないっす」

 「そういう楓は?」

 「私?」

 「苦手だった英語どうなん?あと古典」


 …うう。

 そんなの言える訳ないじゃないか。

 相変わらずの超苦手科目だよ!

 古典に至っては、もはや相手にもしてない。

 英語はキーちゃんに色々教えてもらってるけど、さっぱりわからない。

 読み書きはまだマシだが、リスニングテストとかまじで手に負えん。

 ラジカセから流れる英語の発音を、全部0.25倍速で再生して欲しいレベル。


 「0.25倍とか、逆に何言っとんか分からんくなるで?」

 「でも等倍速よりはマシです。早口すぎて何言ってんのかわかんないんですよ。よくあのスピードで会話できますよね」


 会話が進むにつれて、敬語やめぇやって先輩が言うが、こうして2人で帰るのも久しぶりだし、気軽にタメ口を利けるタイミングを掴めない。

 そんな気にすることでもないんだろうけど、なかなかね…。

 いちいち言葉に気をつけなくても、先輩ならなんでも優しく受け止めてくれるだろう。

 それを知っていても、思うようには動けない。

 昔は、そんなこと一度も気にしなかったのに。


 「でも未来新聞部って、面白い名前やな」

 「…バカにしてます?」

 「いやいや、なんでそう思った!?あの桐崎っていう子、めちゃめちゃ美人よな」

 「…先輩もやっぱりそういう目で見てるんや」

 「男やったら誰でも思うで」

 「へぇぇぇ。そうなんや」

 「悪意ない…?それ」

 「そんなつもりはないですけど?」

 「この前新聞見たけど、すげーなって思って」

 「どこらへんがですか?」

 「内容が理解できんとこ」

 「やっぱり、…バカにしてますよね?」

 「違う違う!だって難しくないか?!よくあんな内容を書けるなぁ…と」

 「…まあ、ほとんどやってるのキーちゃんですけどね」

 「ふーん。…あ、そういや、最近亮平見かけんけど、何してるん?」


 先輩と亮平に接点があるわけじゃないが、お互い体育館で練習してたから、顔見知りっちゃ顔見知りな関係だった。

 アイツは最近部活に来てない。

 来てるときは来てるが、サボり始めてる。


 「なんもしてないんじゃないですか?」

 「なんかあったん?」

 「…さあ」

 「お前らよく一緒に帰っとったやん?最近そういうの見かけんから」

 「ほんとに、よくわかんないんですよ。ほっといたらいいんじゃないですか?」


 言いたいことはたくさんあるが、キリがないからやめておく。

 まあ、別に絡みがないわけじゃない。

 普通に学校には来てるし、ちょいちょい教室には遊びに来るし。

 情緒不安定だけどね?

 でも事件があった日以来、無視はされなくなった。

 廊下ですれ違ったら、目を合わせてはくれる。

 教室を覗いたらポケ~っとしてるから、何度か椅子を引いてあげた。

 その度に怒るけど、走って追いかけてくるくらいの元気はあるみたいで。


 「お前ら、夫婦みたいやったよな?」


 …ブッ、ふうふ?

 冗談にもないことを言う。

 …やめてくださいません?

 本当に。


 「あいつと私じゃ、全然釣り合わないですよ」

 「…その場合、楓の方が下って意味?」

 「なんでですか!逆ですよ逆!」


 普通に考えてそうだろう。

 即答しなきゃいけないとこだし、考えた上でその答えなんですか?

 しっかりしてくださいよ、先輩。


 あいつと私が一緒になる未来なんて、考えたくない。

 1000年経ったとしてもだ。

 そういう「未来」が本当に存在していたとしても、絶対になにか理由がある。

 じゃないと辻褄が合わない。

 脅迫だよ脅迫。

 絶対そうだ。

 
 「脅迫?」

 「…あ、別になんでもないです」
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