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墓標のない土地

第546話

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 「10分だけやで?」


 隣の机に顔を近づけ、ノートに描こうとしている数学についての「お話」を、顎肘ついて聞く姿勢に移った。

 数学っていうより、未来についての話か。

 ま、なんでもいいけど。


 「どこまで話したっけ?」


 ……知るかよ。

 なんかひたすらサイコロを転がしてたのは覚えてる。

 それでそこから急にフワッとした言葉が宙を浮いて、英語の授業を邪魔してきたんだ。

 「時間」が、どうとか。

 「1つの場所」が、どうとか。

 話しはじめたのはあんたでしょ?

 しっかりしてよ、キーちゃん。


 そうそう!と急に思い出したように彼女はノートに線を描き始めた。

 私はそれを目で追って、なにを書いているんだろうかと気にしながら視線を落とした。

 その最初に出てきた言葉は「時間」で、その次にその文字の横にサイコロの数字を1から6まで横並びにズラッと整列するように書いている。

 そこでシャーペンを握った手が一旦止まって、胸ポケットにしまっていたサイコロを取り出してから机の上で転がし始めた。

 またかよ、と思いつつも、キーちゃんの表情は明るい。

 めんどくさそうに視線を預けると、「明日、どの目が出ると思いますか?」と聞いてきた。


 わかるよ、言いたいことは。


 さっきの話を全然聞いてなかったわけじゃないから、なにを言いたいか少しだけわかる気がしていた。

 どうせ、1か6か、それはまだ決まっていません!とでもドヤッて言うんだろう。

 と、その通りのことを言葉にしてみた。

 すると意外にも、違った答えを出してきた。


 「ブブー。じつは何が出るかはもう決まっているんです」


 …フッ。

 この話しはもうおしまいでいいかな?

 あんたのつまらない話に付き合ってる暇はないんだよ。

 今すぐに目をつむって、自分の机の上で寝転がりたい。

 キーちゃんの話も少しはおもしろそうだけど、なんか陰気臭くなりそうだからヤメにしたい。

 サイコロを転がして「時間」とか「未来の確定」についての科学的な講義を展開しては、未来はまだ決まっていますとかいませんとか、どんどんと枝分かれしていくその内容は、とてもとても10分じゃ終わりそうにないじゃないか。

 しかもこの話の最後には、しまりのない曖昧な言葉で締めくくられる予感が、どことなく悪寒のように漂っているし。


 自分の席に戻ろうとしたけど、彼女がそれを許さなかった。

 無理やりノートに食らいついて私に伝えたいことを伝えようとシャーペンを走らせるんだ。

 なんて健気だ。

 やっぱり井本を懲らしめにいこう。

 しばらくの間、井本とキーちゃんの間に接近禁止命令を出してあげよう。

 この子をこんなふうに変えたのは、十中八九、大げさな話を持ち掛けた井本のせいに他ならない。

 お伽話とか魔法の世界とかすぐに信じてしまいそうな楽観的主義の彼女の頭を利用して、適当なことをペラペラと話すからこんなことになるんだ。

 しょうがないから、我慢して聞いてあげることにした。

 どうせ黙っていても、肩を叩いて話を進めてくるのだろうから。
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