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【第8章】一瞬の風
第541話
しおりを挟む「おい!」
1人で出発しようとしてる彼を止めた。
別に初詣に行きたいわけじゃない。
ただあんたを1人で行かせたら、帰ってこなかった時どうすればいいんだ?
朝ごはんだって食べてないし、冷蔵庫にはマーガリンしかない。
どうせ昼には買い出しに行くんだ。
だったら今、全部まとめてやったほうがいい。
「どうした?」
「どうしたやないわ。冷蔵庫に何もないやんけ」
「朝メシ買ってこようか?」
「いい」
あんたに任せると、時々ハズレ引くからダメ。
自分で買う。
町まで下りて、旅館や食堂などが建ち並ぶ地区の一角に、桜の並木道が続く一本の道が見えた。
その先に大きな鳥居と、神社。
人がたくさんいた。
元旦だし、そりゃそうかって感じ。
1日に初詣に来るのは案外初めてかも。
人が多いのが目に見えてるから、父さんの仕事の日程に合わせて、毎年6日か7日に足を運ぶのが、我が家の決まりだった。
亮平とは約2年ぶりか。
亮平ん家でゴロゴロしながら、確か2日か3日に生田神社に行った。
キーちゃんと亮平の、3人で。
その時に書いた絵馬の言葉を、今でも覚えてる。
別に大した願い事じゃない。
口に出すのが気恥ずかしいくらい。
ある意味、願い事じゃなかったかも。
アキラと綺音の3人で行った2014年の初詣は、ガチガチの願い事を書いたが。
「よかった、ついてきてくれて」
「仕方なしや」
「色々出とるみたいやけど、なに食う?」
遊んでる場合じゃないって言ってるだろ。
参るなら参るでさっさと済ませて、買い出しに行くぞ。
「はい、1円玉」
手を出せと言うから出すと、賽銭と言って渡してきた。
「1円??少なくない?」
「節約せんとあかんから、それでええやろ」
よくないよ?
これっぽっちで「今年もいい年になりますように」なんて言えるか??
それにあんた、その手に握りしめてるのはなんだよ。
「500円玉」
「ふざけんな?」
「ふざけてないが?」
「なんで私が1円であんたが500円やねん。貸せや!それ」
「今年もいい年になりますように、って、ちゃんとお願いせなあかんやろ?」
「そうや!1円やったら絶対いい年にならんやろが!」
「どうせろくでもないことしかお願いせんのやろ?」
「それはあんたの方やろ!はよ財布よこせ!」
ポケットに入ってる二つ折りの財布を取ろうとしたが、うまく逃げられた。
500円とか節約の「せ」の字も掠ってないが?
あんたのせいで最悪の年明けになってるのに、ここで追い討ちをかけようとするな。
追いかけても笑うばかりで、全然貸してくれなかった。
いっそタックルして寝技に持ち込んでやろうとも思ったが、こんな人前じゃできない。
…チクショー
場所が場所なら、ただじゃおかないってのに…
「モタモタすんな?はよ並ばんと、いつまで経っても辿り着けんで?」
「あのなぁ…」
帰ったら覚えとけ…
…ああ、神様。
私は別にこんな安金でお参りしようなんて思ってませんよ?
隣にいるこのバカが、1円しか貸してくれないだけで…
「なにブツブツ言っとんや?」
「うっさいわ!」
ボコッ
「イタァッ……!!」
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