雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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第468話

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 「…お前こそ、覚えてないんか?」


 彼のその言葉は、不意に耳の中を掠めた。

 それは波風と街の喧騒の真横を通り過ぎて、なおも加速する突風のように、耳の鼓膜を揺らした。



 「…え?」



 覚えてる?


 確かにそう言った。


 けど、身に覚えはなかった。


 そもそもなにに対してそう言ってるのか、どこから切り取られた言葉なのかの判断も、頭の中で正確な形にできなかった。


 彼は言った。


 困惑する時間と時間の間の韻を、踏みながら。



 「かつて俺たちは、一緒に未来を過ごしてた」



 …


 ……


 …………は?



 今、なんて言った?


 私は聞き返した。



 「俺はその世界を知らない。“まだ”、な。「それ」はまだ、世界に雨が降る前のことや。俺は未来で、お前の「過去」を知った。この交差点の向こう側で、俺たちは約束していた。いつか晴れた空の下で、共に歩いて行こうって」




 なに……それ……?


 …約束?


 私の………過去?


 突然なにを言い出すんだ…?


 彼の肩越しに見える信号機の色は、赤のまま立ち止まっていた。


 交差点の白線の内側に立ち、彼は私の目を見ていた。


 まっすぐ見つめてくるその視線に、たじろかずにはいられなかった。

 
 表情は、どこか穏やかだった。


 さっきまでの緊迫感が、嘘みたいに消えていて。




 「話を聞いただけやから、正確なことはわからんのや。元々、そんな話信じてなかったからな」

 「信じてなかった…って、なにを?」

 「お前が別の世界線にいたこと。別の世界から来たこと。そしてその世界で、俺とお前は…」



 俺と、…お前は?


 その続きを、彼はすぐには言わなかった。


 一瞬考え込んで、目を逸らした。


 別の世界から来た…って、どういうこと?


 別の世界線?


 耳の中に残る不可解な言語の残像が、予期していない角度からぶつかってくる。


 黙ったままの彼に痺れを切らして、たまらずに聞いた。


 彼は、困ったような顔をしてた。


 それは私の催促に対して反応した感情なんかじゃなく、もっと、身近な部分に対する“迷い”、というか…。
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