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1995.1.17
第454話
しおりを挟む昔の自分が、懐かしく思えた。
母さんは、中学生に上がってから、どんどんタイムを伸ばしていった。
中学女子のボーダーラインである12秒台を軽々と叩き出し、中3の夏には、11秒台目前まで迫っていた。
「走ることに夢中」だった、小中学生の頃。
だから、自分の体に起きた異変が、どうしようもなく悔しくて、仕方なかった。
「ねえ、友哉。私、これからどうすればいいの?」
そう尋ねる言葉の背後で、立ち止まった時間。
その時発した父さんの言葉に、耳が傾く。
「俺が、お前の分まで走ってやる」
…は?
なにそれ…
母さんは目が点になった。
点になったって言うよりは、なにその臭いセリフ、って感じだったかもしれない。
妙に親指を立て、自信満々な顔でキメてくる。
いや、そんなドヤられても…
と、父さんの方を見て、顰めっ面を浮かべた。
「別に、お前のためとかじゃないよ。ただ、俺がいちばんかっこいいと思える選手を、追いかけたい。ヒックスは、世界で2番目に好きな選手なんだ」
さっきまでドヤっていた父さんの顔が、急に影を潜める。
恥ずかしかったのか、「いちばんかっこいい」というワードの時に、目を逸らした。
父さんが口にした、ひとつのメッセージ。
″お前の分まで、走る″。
不器用な言葉の下で、顔を赤らめ、ぽりぽりと頭をかきながら、母さんのことを励ましていた。
母さんはそんな照れ臭そうにする父さんを見て、素直に「落ち込むな」と言ってくれればいいのにと、思った。
(恥ずかしがるなよ…)
呆れた眼差しで手に顎を乗せながら、肘を立てる。
ただ、父さんを見ていると理由もなく可笑しくなって、笑ってしまった。
父さんはきっと、いつになく真剣だっただろう。
真剣に励まそうとして、わざわざ河川敷まで手を引っ張ってきた。
けど、母さんからすれば余計に、それがツボに入った。
昔から不器用なやつだったと、知っていたから。
もうちょっと、カッコよくならないもんかね?
一言で私を惚れさせるくらいな、ズバッと軽快なトークをしてくれたら、「じゃ、あんたに任せる」って遠慮なく甘えられるのに。
そう、思い。
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