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【第7章】須磨と海
第430話
しおりを挟む「おい!!!ええ加減にせぇ…!!」
突風のように迫ってきた波の一つが、体を浮かすくらいの強さでぶつかってくる。
その水飛沫の重みは、泥濘んだ泥水のように体にまとわりついた。
なにかが遠ざかっていくような気がした。
その“縁”にあるものをうまく、捕まえることはできなかった。
だけど、どうしようもなく冷えていく指先の感触を感じて、ただ闇雲に手を差し伸ばす動作を、意識的に止めることはできなかった。
光が消えていく。
それに近い速度と、明滅。
足を動かすのを止めちゃダメだ。
「時間」が、——時計の針が止まるのを、絶対に止めなきゃ。
本能に近い焦燥が、頭の中によぎっていた。
だけどそれが一つの言語として口の外に出せるほどの“質量”を、その感覚は持っていなかった。
皮膚と皮膚の間にあるもの。
心の内と外に、とめどなく流れているもの。
そんな曖昧で「形のないもの」が、身体中を駆け巡っていた。
心臓の鼓動よりも、速く。
「…行かなきゃ…!」
息の仕方もわからなくなって、体の力がうまく入らず、沖へと引きずり出された体が、ぐったりとうなだれるように砂浜の上へと落ちた。
彼は濡れた私の体を温めようと、上着を脱いでそれを被せてくれた。
寒い。
冷たい。
だけどそんな感覚よりも、ずっと恐ろしく鋭いものが、目の前に横たわっていた。
それを彼に伝える術はなかった。
あるいは、”伝える“という方向への力の向きを、1つの認識の中に収めることはできなかった。
急がなくちゃいけないと思ったんだ。
時間の傾く向きを、もう、正確に捉えることはできない。
なにもかもがぐちゃぐちゃで、加速する1秒。
立ち上がろうとする足の筋肉は、指先の繊維の向こう側へと、伸びていこうとしていた。
…でも、思うように力が入らなかった。
悴んだ体が手足を痺れさせ、次第に「自由」が、体の外側へと流れていった。
白い吐息が、くっきりと視界に膨らんでいくのが見えた。
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