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風の憧憬
第398話
しおりを挟む時計の針の音が聞こえる。
それは今「自分」がどこにいるのかとか、そういうことではなくて。
自分がそこに存在したことがないのに、そこに立っているという自然。
隣にある亮平の声。
足の底から感じる、揺るぎようがない地面の硬さ。
何が正解で何が間違いなのか、その境界を決めるものは、きっと、この「世界」にはない。
「世界」という言葉のひとくくりの中に、今、自分が感じている全てのことを収め切れるかどうか、自信はない。
けど、感じるんだ。
今、立っているこの場所、——「時間」が、確かな“形“を持っているということ。
嘘じゃない、たったひとつの時間。
消しゴムじゃ消せない、文字。
そういうやり直せない“実線”が、目の前にあるっていうことが。
「自分」が今どこにいるかを、彼に尋ねるまでもなかった。
私の後ろにある影は、キーちゃんの姿を映している。
でも、それは私がキーちゃんの中に入っているから、という意味じゃなく、もっと素朴で、単純なことだった。
地面の上にあるそれは、“私“のじゃない。
私がここにいるという実像の先にあるものじゃない。
むしろその逆だ。
「私」はどこにもいないんだ。
「世界」のどこにも…。
そんなあり得ないようなことがきりきりと頭の中を掠めるのは、亮平のあの「告白」が、何度も繰り返し蘇っているからに他ならない。
明日のこと。
2人だけが知っている時間。
キーちゃんがたどり着こうとした「夢」が、目の前にある。
もう二度と出会えないはずの、「今日」が。
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