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風の憧憬
第394話
しおりを挟む「なんか用事でもあるん?」
「いや、ないけど…」
「ほんなら行こうで」
待て待て。
行こうで、じゃない。
状況を整理しようとした。
…えっと、また、キーちゃんになってるってこと…?
冷静に考えてるわけじゃない。
「冷静さ」とは、もはや縁が無い。
長い句読点が頭の中に走った。
コンセントを繋いで、電気が通った時のように。
「そんなわけない」と思う自分と、
「もしかしたら」と思う自分。
全部奇妙だった。
どこから始まってるのかもわからないくらい。
でもその「時間」が“いつ”かは、すぐにわかった。
カレンダーも、時計も見る必要がなかった。
『2101年宇宙の旅』の映画チケット。
そのレシートが財布の中にあった。
学校の帰りに見たんだ。
公開が終わる前に行こうって話をして、放課後のチャイムが鳴ったと同時に、電車で元町まで。
学校の提出物を出し忘れていたから、一度高校に戻るために灘駅まで向かっていた。
夕焼け空と、「キーンコーンカーンコーン」のリフレイン。
この光景を知っている。
風の中に運ばれる綿菓子のようなうろこ雲が、さらさらと流れ、くすみが消えた後のような眩しい夕焼けのオレンジが、まだ青白い上空の真下に広がっていた。
人の往来が激しい三ノ宮の繁華街。
映画館で食べきれなかったポップコーンと、生ぬるいアクエリアス。
冷房の効いた車内で蒸し暑い空気を逃していた。
パタパタとうちわを煽ぐ真向かいのサラリーマンが、仕事帰りの帰路についていた。
擦れる金属音が、車輪の下で波打つ。
散在する光と影。
友達の朝美からラインが来てた。
明日の日直のことについてだった。
風邪ひいたから休むって。
代わりにやって欲しいと。
「今度ラーメンな」の文言に、彼女からの土下座の返信スタンプ。
亮平のイヤホン越しに流れるポップチャートが、かすかに届いていた。
赤色に点灯する踏切のランプが、片道5分の道のりのそばですれ違う。
ポケットの中の定期券。
すっかり馴染み深くなった、灘駅周辺の景色。
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