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風の憧憬
第393話
しおりを挟む私が“そこ“にいるのは、奇妙な感覚だった。
と、同時に、辺りを見渡した。
電車の中。
JR灘駅行きの東海道本線。
「……うそ…」
神戸高校の制服を着ている亮平が、吊り革に手をかけて目の前に立っている。
それが“なぜ“かは、すぐにわかった。
神戸高校の学生証を、自分が持っているのを見て。
「なんや?ぼーっとして」
もちろん、それが「私」のものでないことは明白だった。
目の前の彼が「千冬」と言ったことも、窓の外の中央区の風景も、「私」がここにいないことを証明する立体的な出来事だった。
ボストンバックの中にあるグローブ。
その使い古された茶色の皮革と、ローリングストーンのロゴは、キーちゃんが近くにいることを教えていた。
自分の近く、——あり得ないほど近くに。
…また、…キーちゃんに…?
スマホの黒画面の向こうに映る、キーちゃんの顔。
自分の姿が変わっていることに慣れないのは、誰だって同じだと思う。
それが夢であるということを疑ったのは当然だった。
むしろ、そう考えないことの方がおかしいからだ。
「おい」
…なんだ?
亮平がなんか言っている。
見上げると、エッジの効いた七三のツーブロック。
右手にCCレモンを持ち、片耳だけイヤホンをかけていた。
「…なに?」
「今日バッティングセンター寄って行かね?新しくできたとこ」
バッティングセンター?
やだよめんどくさい。
そう言おうと思ったが、うまく喋れなかった。
揺れる電車の中で、「次は~灘、灘」というアナウンス。
…ここは、もしかして…
そう思ってしまったのは、ある意味自然だった。
世界の色も、形も、窓の外に流れる被写体の輪郭線も、全部、日常の真隣に感じたからだ。
まるで、そこにいるのが当然かのような…
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