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少年とヒーロー
第351話
しおりを挟む「浩介《こうすけ》は明日の朝こっちに来るそうや」
弘樹の次男、浩介は上京して大手製薬会社に就職していた。
車で来ることも考えたが、東名高速線の混雑が予想されたため、日を跨いでこちらに向かうことを伝えていた。
「今駅とか空港とか混雑しとるんやろ?」
報道から2時間くらいの頃は、まだ街は静かだった。
しかし国際連盟が声明を発表して以降、また、2036年に国が定めたタイムライン(防災行動計画)に沿って開かれた、国交省、及び環境省の緊急記者会見以降、街の様子は一変した。
交通機関はみるみるうちに人の出入りが激しくなり、身動きが取れなくなる人が各地で増えていった。
浩介もその1人だった。
災害アラートに気づかずに寝静まっていたこともあって、事態に気づいたのが夜中の1時を回った頃だった。
彼はまだ結婚しておらず、町田市のアパートで一人暮らしをしていた。
父からの電話でニュースの報道を知り、会社関係の人たちと連絡を取り合った後に、こちらに来ることを決めていた。
「落下してくるって、いつ?」
日常会話の平常さは、言葉の端々には常に失われずにあった。
けれどもそれが逆に、前後する会話の流れの境界に立ち、何かが近づいてくるかもしれないという「気配」を押し上げる梁となっていた。
20畳ほどある和室の中央襖を開け、ウレタン塗装のローテーブルを2つくっつけ、机を囲うように家族は座っていた。
不安がる声が孫の留美から聞こえてきた。
「これからどうなるの?」
見通せない時間の中で、不安を押し殺せるほどの隙間は、ほとんど残されていなかった。
あるいは、どのような感情の向きかもわからない歪曲が、身動きの取れないぬかるみとなって、捉え所のない“形状”を広げていた。
声は連鎖的に空間を揺らした。
それは、目に映るほどのはっきりとした“状態の変化”を持たらさない代わりに、ザラザラとした違和感を指先に拾わせるような肌触りを、空気中の体表に
広げていた。
砂抜きしていないアサリを食べた時のじゃりじゃりした感触が、ずっと口の中で残っているような違和感。
それが、落としきれないくすみとなって、鬱蒼とした時間の変化をもたらしていた。
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