雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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少年とヒーロー

第336話

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 「今日のあの球はなんや」

 「うっさい、ボケ」

 「あんなん俺でも打てるわ」

 「…そうやろな」

 「せやから言うたやろ?迷うなって」


 亮平は知ってた。

 焦っているキーちゃんのことを。

 思うように投げられないストレートに苛立ちながら、やりきれない時間の中に立ち止まってること。

 キーちゃんもわかってた。

 焦ってもしょうがないってことくらいは。


 「あんたにはわかんないよ」


 自分の悩みなんて、誰にもわからない。

 かといって、自分が「女」だということを、言い訳にはしたくない。

 …それでも、触れられない「時間」があることもわかってた。


 0.1秒。

 18.44mの、壁。

 その地平線に伸びていく刹那が、届かない空の向こうに、消えていくこと。


 「行くんやろ?甲子園」


 瑞々しい空気の匂いにさらわれて、時間が立ち止まった午後。

 空は青かった。

 それでいて遠かった。

 霞むくらいの日差しの下で、白球が動く。

 ミーンミンミンミンミンという音の、中。



 「そんな簡単に行けるわけないやろ」

 「始まってもないのに、決めつけるんか?」

 「私が言いたいんは、「現実を見ろ」ってことや」

 「現実…?」

 「気持ちだけで、行けるところやない」

 「弱気やなぁ…」

 「あんたがポジティブすぎなんや」

 「俺は本気やで?」

 「…せやから、気持ちでどうこうできるわけ…」

 「行けるとか行けないとかやないやろ?」

 「…は?」

 「やるかやらんか、やろ?昔のお前なら、きっとそう言ってた」

 「…」

 「こんなところでウジウジするようなやつか?なんで今日、ストレートのサインに首振ったんや?打たれる気がしたから?違う。打たれるとか打たれないとかやない。そんな予感もぶち壊すような気持ちで投げてこい。そういうつもりで、サインを出したんやで?」


 亮平は、キーちゃんの球を受けるキャッチャーだった。

 小3の春、「私の球を受けて」と、キャッチーミットを渡されたのがきっかけで。


 幼馴染で、友達で、そして、バッテリー。


 ずっと球を受けてきた亮平だからこそ、わかること。

 言い訳もウソもいらない、真っ向勝負。

 昔から融通が利かないその球を、何百球も受けてきた。

 駆け引きも何もない、バカ正直な真っすぐを。
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