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夏空
第326話
しおりを挟む昔の記憶を思い返しながら、空を見た。
まだ、少しだけ雲が多い。
ほんとにこのあと晴れるの?
そう思ってしまうほど、たくましい「曇り」だった。
しばらく見上げてたんだ。
「晴れ」の気配を探してた。
太陽はどこ?
そればかりを気にして。
灰色の空を飛ぶ、一羽の鳥が見えた。
風を切りながら、飛行している鳥。
ツバメ?
翼を広げて、できるだけ高いところへ、飛んでいこうとしていた。
目で追いかけたんだ。
ほとんど、無意識のうちに。
鳥の羽根が、重力に逆らうように勢いよく羽ばたいた時、スタンドからブラスバンドの音が消え、流れる雲が静止した。
それに気づいたのは、さっきまでスタンドにいたはずの自分が、グラウンドの真ん中に立っていたからだ。
周りを見た。
球場内にいた人たちは1人残らず消えて、音のない世界が、目の前に広がっていた。
誰もいない。
わずかな風さえ、吹いていない。
世界が、“丸ごと止まっていた”。
「今」という時の流れを、切り離すかのような……
「また、会えたね」
…え?
静けさに覆われたグラウンドの上で、その「音」は、イヤホンをした時のような確かな”質感”を持ってた。
ハッキリと、それでいて限りなく近くに響く、振動。
振り向いた先にいたのは、大人びた姿のキーちゃんだった。
セーラー服を着て、片手には野球ボール。
ポンッと、それを宙に浮かせた。
向かい合う私に挨拶するように。
「キー…ちゃん?」
目の前にいた彼女は、いつも隣にいた彼女に、違いはなかった。
だけどそれ以上に、初めて会った時のような、…計り知れない「距離」も感じた。
なんでかはわからない。
でも、キーちゃんは笑ってた。
いつもと変わらない、あどけない顔色で。
空に舞っていた鳥は、羽を広げたまま静止していた。
足元に影はひとつもなく、時間の流れさえ、どこにも感じない。
整備された甲子園の土。
上空に覗く、わずかな青。
彼女は微笑みながら、ゆっくりと近づいてきた。
揺らめくスカートに、長く伸びた髪。
グラウンドの上には似つかわしくないローファーが、土埃を巻き上げる。
一歩、二歩と、縮まっていく距離の先端に、風が、通り抜けていった。
それは、どこからともなく吹いてきた。
静けさに包まれた空間の淵で。
わずかな眇の流れを、教えるように。
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