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「今」を越えられるスピード

第319話

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 ——いくで!



 …え?



 ボールを握った時、頭の中で、自分の知らない景色が浮かんだ。

 真正面に、亮平がいた。

 須磨の青と、空の下に。


 「私の夢って、変かなぁ」

 「夢?」

 「プロ野球選手になること」

 「…うーん、まあ」

 「やっぱ変か」

 「なんでなりたいわけ?」

 「不可能を可能にする。シンプルに言えばそんな感じ」

 「不可能を可能に……か」

 「難しいことは嫌いなんや。カッコつかへんやろ?色々理由立てても」

 「でも、プロ野球選手やろ!?難しいと思うで」

 「私はあんたみたいに女々しくないから、やると言ったらやるんや」

 「誰が女々しいって??」

 「あんたやあんた。あんたこそ、やりたいことはないわけ?」

 「うーん、とくに」

 「男なんやからさ、ビシッとしろよ」

 「…とりあえず、千冬の球を打ち返せるようになりたい」

 「…ハッ。100年早いわ」

 「オレに打ち返されるようじゃ、プロにはなれんしな?」

 「まあな!」


 そこに「私」はいなかった。

 波の音は、ずっと近くにあった。

 砂の上に乗り上げる海の雫が、弾ける泡とざわめきの中に感じられるほど。

 摂氏30度の気温。

 上空を滑空する飛行機。

 ジメジメした空気と、海辺。

 真夏の中心に、2人はいた。

 せり上がる熱気が、さやさやと風の中で歌っていた。

 直射日光はどこまでも眩しかった。

 目が痛くなるほどに鮮やかな色は、瀬戸内海の端々まで広がっていた。

 放物線を描く白球。

 須磨中に響き渡る、蝉の声。

 真っ青な世界の岸辺で、2人は向かい合っていた。

 まるでその光景が、ずっと昔から存在していたかのような、懐かしさを持ちながら…



 …

 ……

 ………今のは?


 奇妙な感覚だった。

 手を伸ばせば、確かにそこにあるかのような温かみがあった。

 けど、何故か遠い。

 過去でも未来でも、現在でもない。

 なんだかそんな、どんな「時間」も追いつけないような遠さを、感じた。

 須磨の海と、砂浜。

 そんな、見慣れたはずの景色の中に。

 
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