288 / 698
【第5章】失われた時の中で
第287話
しおりを挟む…………………………
…………………
…………
………
…
「楓」
振り向いた先にいたのは、キーちゃんだった。
優しい眼差しと、見慣れた顔。
ショートヘアーの黒髪を靡かせながら、彼女は小さく微笑んでいた。
彼女の呼びかけに応じた。
「なに?」
って、ありのままの声で。
「楓は運命って信じる?」
「え?」
「運命だよ。世界の“決まり”」
「運命…?…そんなの、…わかんない。…でも」
「でも?」
「思うときは時々あるよ?「これは運命なのかな?」って、時々ね」
「世界は、元々1つだった。「運命」が存在したんだ。もうずっと、昔の話だけど…」
「…昔?」
「そう、昔。楓が存在する、——ずっと前」
「おじさんが変なことを言ってたんだ。私は元々存在してなかったって。本当は存在してないんだって…」
「楓はどう思うの?」
「どう…って、…意味がわかんないよ…、そりゃ」
「だよね」
「キーちゃんもそう思う?」
「そうだね…」
太陽の位置は変わらない。
海岸線沿いの海は僅かな波音を揺らしている。
けれど、街のどこにも、人はいない。
鳥もいない。
嘘のように動きのない街の上を歩きながら、私たちがよく行く砂浜に出た。
いつもに増して青青しい水平線。
突き抜ける磯の香り。
「ここだけの話だけどさ、正直、世界が嘘をついてるなんて、どうでもいいと思ってたんだ」
「え?」
「ウソをついていようがいまいが、目の前の景色は変わらないわけだし」
「『ウソをついてる』って、結局なに?」
「単純な話だよ。後出しジャンケンをしたんだ」
「後出し…?」
「誰かが死ぬっていうのは、——1つの出来事が起こるっていうのは、やり直しが効かない「時間」のはずだった。でも人が、「今」っていう時間の中にしかいないはずの人が、結果が決まったはずのジャンケンを、もう一度やり直してしまったとしたら?」
「インチキじゃん」
「そうなんだよ。だから、あんたはインチキなの」
「私!?」
「そ(笑)後出しジャンケンで生まれた、変数ってやつ」
「そんなこと言われても…」
「困るよね?私もそう思うよ」
波が届くギリギリの水際まで歩き、つま先が海に触れた時、キーちゃんは空を見上げた。
「あんたを失うくらいなら、世界はウソをついたままでもいいと思う。翼を無くした鳥も、飛べる空があるなら、いつかきっとまた飛べる時が来る。私は信じてたの。あんたが、運命を変えてくれるんじゃないか?って」
「運命……?」
「世界は元々滅ぶ運命だった。ウソがない、——最初の世界は」
「…それって、…どういう…」
「——楓、よく聞いて?あんたは希望なんだ。「明日」を連れてきてくれる風であり、翼。限りなく現在に近い”今“、信号を青に変えられる、——唯一の…」
波音が次第に高くなった。
ザザァァ…という飛沫が耳の中を覆い隠そうとする。
時間は速く、それでいてゆったりと流れていく。
水面に反射する光の粒子が、「刹那」に触れて煌めくように。
夏の日差しに融けるセミ。
立ち上がるアスファルトの熱気。
涼やかな街の路地の裏側の風を、風鈴が攫う。
回転する時計の針。
加速する1秒。
「今」がいつかもわからなくなるほど、圧縮された時間の先で、引き伸ばされていく「影」を見た。
「自分」という存在そのものが消えてしまうかのような、歪んだ線と輪郭を。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
雨上がりに僕らは駆けていく Part2
平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女
彼女は、遠い未来から来たと言った。
「甲子園に行くで」
そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな?
グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。
ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。
しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
神様の手違いで異世界のペット?!
しゅがぁ〜
恋愛
元の世界で必死に生きていた火乃香、がしかし、神様の手違いというもので違う世界に生まれ変わることに。その世界の支配者の1人基千賀に飼われた火乃香の運命は…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる