287 / 698
【第5章】失われた時の中で
第286話
しおりを挟むそれは、私にしかできないことだそうだった。
——セカンドキッド
そう呼ばれる人たちにしか。
もし、キーちゃんの行方を知ることができるなら——
なんの確証もない感情の先で、おじさんの言葉を追いかけた。
「…どうやって、そんなことが?」
「頭皮に2つ以上の電極を装着して、電子回路を設けるんだ。取り付けた電極から、コンピュータ内の千冬の個人メディアと通信できるシグナルを、キミの脳のアンテナに合わせる。ただ、あくまで信号を送るだけで、何か情報を得られるとは限らない…」
1枚の電子チップ。
最初におじさんが言ってたことを思い出した。
この中にキーちゃんの記憶が詰まってるって。
1円玉よりも小さなその中に、キーちゃんがいる。
ほんの一部の情報にしか過ぎないと、言っていたけど…
椅子に座り、表面にコードが取り付けられた、生地の薄い半透明なニット帽のようなものを被せられた。
座ることに抵抗がないわけじゃなかったけど、気がついたら座ってた。
だって、そうするしか、今はキーちゃんを追えない…
おじさんの話も、キーちゃんのノートも、目の前の世界も…
全部、キャパオーバーだった。
なにか確かなことが得られるなら、今はそれに集中したかった。
ほとんど無意識だった。
目の前の奇妙な装置に、腰を下ろしたのは。
頭に取り付けられた帽子の上から、巨大なヘルメットの形状をした自立式の器具が顔全体を覆うように設置され、視界が塞がる。
頭の上から肩まですっぽり覆い隠され、身動きが取れなくなった。
とは言ってもその器具は幅が広く、肌に密着するほどじゃなかった。
その器具の内側の凸凹な形状が見えるほど、囲われた顔の周りには隙間があった。
ゴムのような独特な匂いが立ち込める。
これからなにが始まるんだろうと思いつつ、目を閉じた。
「準備はいいかい?」という声が聞こえたからだ。
機械の電子音。
振動する空気。
超音波のような波長が鼓膜に触れる。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ン
という鼓動。
そのうちになにも聞こえなくなった。
暗幕が下ろされたステージのように、反転する光と闇。
それが、世界の色を入れ替えながら、意識の裏側へとダイブする。
その“境界“は、目に見えるほどのハッキリとした線を持っていない。
ただ、ぼんやりとした半透明な水のようなものが、空間と空間を隔て、揺れる水面のように延々と広がり始めた。
手を伸ばせば、たちまちのうちに崩れてしまいそうな繊細な波の振動。
膨張する不確かな「線」。
暗闇に沈む世界の縁で、黒い海が広がっていく。
足の置き場もわからないくらいの地面の居場所のなさが、風のない時間だけを引き連れてきて。
自分がどこに立っているのかもわからなくなった時、交差点の上に立つ自分が、雲ひとつない青空の真下にいた。
信号は赤のままで、車は一台も見当たらない。
人はおらず、音もない。
木の葉を揺らす風の囁きでさえ。
静止した世界の横で、声が聞こえた。
限りなく隣に近い距離の向こう。
——それでいて、果てしなく遠い静けさの果てに。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる