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【第5章】失われた時の中で
第286話
しおりを挟むそれは、私にしかできないことだそうだった。
——セカンドキッド
そう呼ばれる人たちにしか。
もし、キーちゃんの行方を知ることができるなら——
なんの確証もない感情の先で、おじさんの言葉を追いかけた。
「…どうやって、そんなことが?」
「頭皮に2つ以上の電極を装着して、電子回路を設けるんだ。取り付けた電極から、コンピュータ内の千冬の個人メディアと通信できるシグナルを、キミの脳のアンテナに合わせる。ただ、あくまで信号を送るだけで、何か情報を得られるとは限らない…」
1枚の電子チップ。
最初におじさんが言ってたことを思い出した。
この中にキーちゃんの記憶が詰まってるって。
1円玉よりも小さなその中に、キーちゃんがいる。
ほんの一部の情報にしか過ぎないと、言っていたけど…
椅子に座り、表面にコードが取り付けられた、生地の薄い半透明なニット帽のようなものを被せられた。
座ることに抵抗がないわけじゃなかったけど、気がついたら座ってた。
だって、そうするしか、今はキーちゃんを追えない…
おじさんの話も、キーちゃんのノートも、目の前の世界も…
全部、キャパオーバーだった。
なにか確かなことが得られるなら、今はそれに集中したかった。
ほとんど無意識だった。
目の前の奇妙な装置に、腰を下ろしたのは。
頭に取り付けられた帽子の上から、巨大なヘルメットの形状をした自立式の器具が顔全体を覆うように設置され、視界が塞がる。
頭の上から肩まですっぽり覆い隠され、身動きが取れなくなった。
とは言ってもその器具は幅が広く、肌に密着するほどじゃなかった。
その器具の内側の凸凹な形状が見えるほど、囲われた顔の周りには隙間があった。
ゴムのような独特な匂いが立ち込める。
これからなにが始まるんだろうと思いつつ、目を閉じた。
「準備はいいかい?」という声が聞こえたからだ。
機械の電子音。
振動する空気。
超音波のような波長が鼓膜に触れる。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ン
という鼓動。
そのうちになにも聞こえなくなった。
暗幕が下ろされたステージのように、反転する光と闇。
それが、世界の色を入れ替えながら、意識の裏側へとダイブする。
その“境界“は、目に見えるほどのハッキリとした線を持っていない。
ただ、ぼんやりとした半透明な水のようなものが、空間と空間を隔て、揺れる水面のように延々と広がり始めた。
手を伸ばせば、たちまちのうちに崩れてしまいそうな繊細な波の振動。
膨張する不確かな「線」。
暗闇に沈む世界の縁で、黒い海が広がっていく。
足の置き場もわからないくらいの地面の居場所のなさが、風のない時間だけを引き連れてきて。
自分がどこに立っているのかもわからなくなった時、交差点の上に立つ自分が、雲ひとつない青空の真下にいた。
信号は赤のままで、車は一台も見当たらない。
人はおらず、音もない。
木の葉を揺らす風の囁きでさえ。
静止した世界の横で、声が聞こえた。
限りなく隣に近い距離の向こう。
——それでいて、果てしなく遠い静けさの果てに。
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