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この世界のどこかいるキミへ
第259話
しおりを挟む「今年の夏の花火大会に、一緒に行きたいんやけど…」
珍しく彼女の声が小声で、視線は俯きがちに頼りない。教室の中は暗くて、蛍光灯がついてないとろくに周りが見えないほど薄暗く、物寂しい。
その時、彼女の言ったことをちゃんと聞き取っていた。でもそれにすぐに応じられるほど、大人にはなれなかった。
…それで、少しだけ考える時間があった。
ストレートな彼女の言葉は、いつもそうだ。
それが良いことでも、悪いことでも、私の耳にはしっかり届く。花火大会に一緒に行きたいよ。だけど一緒に行ったって、なにかが変わるとは思えなかった。
彼女にとって、あの時の誘いは、私との関係を治すために、なにかしなくちゃいけないと思った行動だったんだろうか?
ううん、そんなことないよね。
関係を治すとか、よりを戻すとか、そんなまわりくどいことをするために、楓は動いてなかった。
楓はいつだって打算的じゃない。ほとんど天然で、行き当たりばったりで、そのくせ猪突猛進で、言いたいことを言う。
素直に、一緒に花火を見たかっただけだ。そのことを少しでも感じ取れていたかどうかを、あんまり覚えていない。
ただ私の方は慎重だった。まわりくどいことなんてしたくはなかった。だけど何も考えずに前に進みたくはなかった。明日も明々後日も、彼女の隣にいるために、ちゃんと向き合わなきゃいけないと思っていた。
自分にも、楓にも。
「その日は、もしかしたら行けないかもしれない。行けたら行くわ。その時にはちゃんと連絡する」
半ば本気で、断りかけた。
断るというより、一旦間を置きたかった。2人の間で流れるぎこちない時間と、リズムを、潔く断ち切るだけの材料がなかったから。
だから曖昧な言葉で、曖昧な答を持ちかけたあと、スッと横で立ち上がり、彼女の方を見た。
「日が暮れる前に一緒に帰ろう?先生がもうすぐ上がって来るし。皆ももう学校にいないみたいやで?」
日はもう沈みかけていた。
帰る支度を促して、教室の戸の前に立ち、ここを出ようと言った。
相変わらず窓辺に座ったままの彼女を待ちつづけながら、戸を開いて、薄暗い教室の影にうずくまるその背中を、眺めていた。早く早くと言いながら、楓が立ち上がるのを待った。
でも、戸の前でいくら待っても立ち上がる気配がなかったから、「先に帰るね?」、と言った。
教室を出る。その瞬間だった。
「なにがそんなに恐いん?」
廊下に出た私の耳にも聞こえるくらいに、その声はハッキリ届いた。
廊下を歩く足を止めた。
「そんなに私から逃げたいんだったら、どうぞお好きに。私は帰らんよ。あんたがこの学校から出るまで」
強い誇張を帯びたその言葉は、楓の言葉とは思えないほど弱々しく震えていて、それでいて攻撃的だった。
ナイフを手に持ったこともない人が、初めてその切れ味を確かめるように、鋭い言葉を私に向けて言い放ったかのようだった。
彼女を置き去りにして去ろうとする私の未熟な心に、ずかずかと土足で侵入したその言葉が、胸深くにまで突き刺さった。
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