雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

文字の大きさ
上 下
260 / 698
この世界のどこかいるキミへ

第259話

しおりを挟む


 「今年の夏の花火大会に、一緒に行きたいんやけど…」


 珍しく彼女の声が小声で、視線は俯きがちに頼りない。教室の中は暗くて、蛍光灯がついてないとろくに周りが見えないほど薄暗く、物寂しい。

 その時、彼女の言ったことをちゃんと聞き取っていた。でもそれにすぐに応じられるほど、大人にはなれなかった。

 …それで、少しだけ考える時間があった。


 ストレートな彼女の言葉は、いつもそうだ。

 それが良いことでも、悪いことでも、私の耳にはしっかり届く。花火大会に一緒に行きたいよ。だけど一緒に行ったって、なにかが変わるとは思えなかった。


 彼女にとって、あの時の誘いは、私との関係を治すために、なにかしなくちゃいけないと思った行動だったんだろうか?

 ううん、そんなことないよね。

 関係を治すとか、よりを戻すとか、そんなまわりくどいことをするために、楓は動いてなかった。

 楓はいつだって打算的じゃない。ほとんど天然で、行き当たりばったりで、そのくせ猪突猛進で、言いたいことを言う。

 素直に、一緒に花火を見たかっただけだ。そのことを少しでも感じ取れていたかどうかを、あんまり覚えていない。

 ただ私の方は慎重だった。まわりくどいことなんてしたくはなかった。だけど何も考えずに前に進みたくはなかった。明日も明々後日も、彼女の隣にいるために、ちゃんと向き合わなきゃいけないと思っていた。

 自分にも、楓にも。


 「その日は、もしかしたら行けないかもしれない。行けたら行くわ。その時にはちゃんと連絡する」


 半ば本気で、断りかけた。

 断るというより、一旦間を置きたかった。2人の間で流れるぎこちない時間と、リズムを、潔く断ち切るだけの材料がなかったから。

 だから曖昧な言葉で、曖昧な答を持ちかけたあと、スッと横で立ち上がり、彼女の方を見た。

 「日が暮れる前に一緒に帰ろう?先生がもうすぐ上がって来るし。皆ももう学校にいないみたいやで?」

 日はもう沈みかけていた。

 帰る支度を促して、教室の戸の前に立ち、ここを出ようと言った。

 相変わらず窓辺に座ったままの彼女を待ちつづけながら、戸を開いて、薄暗い教室の影にうずくまるその背中を、眺めていた。早く早くと言いながら、楓が立ち上がるのを待った。

 でも、戸の前でいくら待っても立ち上がる気配がなかったから、「先に帰るね?」、と言った。

 教室を出る。その瞬間だった。


 「なにがそんなに恐いん?」


 廊下に出た私の耳にも聞こえるくらいに、その声はハッキリ届いた。

 廊下を歩く足を止めた。


 「そんなに私から逃げたいんだったら、どうぞお好きに。私は帰らんよ。あんたがこの学校から出るまで」


 強い誇張を帯びたその言葉は、楓の言葉とは思えないほど弱々しく震えていて、それでいて攻撃的だった。

 ナイフを手に持ったこともない人が、初めてその切れ味を確かめるように、鋭い言葉を私に向けて言い放ったかのようだった。

 彼女を置き去りにして去ろうとする私の未熟な心に、ずかずかと土足で侵入したその言葉が、胸深くにまで突き刺さった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...