257 / 698
この世界のどこかいるキミへ
第256話
しおりを挟むそれから毎日のように、彼女と一緒に過ごした。
家は近いから、登下校も一緒で、時々夜遅くまで私の家に遊びに来るなんてこともあった。
最初のうちは、楓があんまり強引なもんだから戸惑う部分もあったけど、1人でいるより2人でいる方がよかったし、たくさんの会話をすればするほど、お互いのことを知れて、夏を迎える頃には、彼女のことをきちんと名前で呼べていた。
最初は「かえでちゃん」だったんだけどね。
楓って呼べるようになった日から、もう彼女が身近にいることに慣れていた。
ずっと無機質に感じていた新しい街の景色の中で、徐々に温かみが増していく。
その日常の背景には、きっと彼女がいた。
彼女は日に日にカラフルな色彩を帯びていって、瞳の中に賑やかに映った。
最初から、私たちは気が合う運命だったのかもしれない。私の方が、最初のうちは気難しかったから、彼女の半ば強引なアプローチが、功を奏したのかもしれないね。
どっちかが駆け寄れば、すぐにでもお互いに惹かれ合うものがあったんだ。
そう思えるほど、いつの間にか彼女を目で追っている。今日なにがあったのか、家の食卓で家族の皆に話す内容は、絶対楓のことだった。
学校で、街の交差点で、海の近くで、
その1つ1つの場所や時間の中に、同じ歩幅で歩いている1人の女の子がいた。
どこか好きなのかと聞かれれば、すぐに答えることができない。
だけどそれこそが1つの答だったんだ。
理由なんてなくても、彼女が傍にいて安心することができた。話しかけてくれたあの日から。
楓と友達になれてよかったって、今さらながら思う時があるよ。
楓じゃなきゃだめだとか、そういうんじゃない。
ただ自分がどこにいても、しっかり前を向くことができたのは、彼女が私の目の前にいてくれたから。
親と喧嘩したとき、先生に怒られたとき、なにかを落として無くしたとき、すぐにでも駆け寄って、傍にいてくれた。まるでヒーローみたいなあんたが、気前のいいテンションで大きなカバンを背に負って、気品もなにもない歩き方で登下校の道をズカズカ歩く。一緒に歩いていこうと言う。
私は、楓に甘えていただけなのかもしれない。甘えたいだけの気持ちを隠して、楓の後ろを歩く。信号を渡る。交差点の十字路を横切って、道路の標識に記された方角をまっすぐ進んでいったら、海が見えた。
澄み切った空の匂い。
あの時、私たち2人は街の景色の上を土足で歩いて、散歩した。太陽の光を浴びて、目の前を走る幼馴染の女の子が、どこかたくましい男みたいでさ。
私が彼女の隣に座ることができるのは、2人の間に難しいことなんて1つもなかったから。
私たちが友達になれたのは、家が近いからとか、親同士が仲が良いからとか、同じ学年だからとか、そういう身近な縁が互いを引き合わせて、1つの生活の中に、共有できる時間があったからなのかもしれない。特別な事情なんてなにもなかったかもしれない。
だけど思うんだ。どこからともなく彼女の街にきた私が、誰かと話すこともなく、1人登下校の道を歩く。その臆病な背中が、次第に弱々しくなっていく頃、彼女は私に近寄って、手を差し伸ばした。一緒に家に帰ろうと言ってくれた。それがすべてなんじゃないのかなって。
やましいことなんてない。省みるものも、薄汚れた感情も。ただ屈託のない優しさを明け渡すように、1人の女の子がそこにいた。だからあの時、彼女と一緒に帰り道を走った時、その風に乗せられて、少しだけ笑顔になることができたんだ。
そう思うのが、今となっては昨日のことのように思い出せる。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる