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この世界のどこかいるキミへ
第254話
しおりを挟むそんな時だった。
学校の帰り道、道路の脇で落としたポケットの中のハンカチを、すぐ後ろを歩いていた子が拾って渡してくれた。
楓だった。
家へと続く道は、楓も私も同じ方角で、時間さえ合えば、すれ違うのは容易だった。落としたハンカチを拾ってくれた彼女は、
「はい、これ!」
と後ろから声をかけてくれて、無愛想な私にニコッと笑ってみせてくれた。ありがとうも言えずに、ただ手を指し伸ばしただけの私は、照れ臭そうにハンカチをまたポケットにしまって、また、何事もなく歩き出した。
彼女は、私の後ろを付いてきて、ねえ、と言った。
私は振り向いて物も言わず彼女の方を横目で見ると、彼女はニコニコ笑いながら
「家までかけっこしよっか」
と突然言ってきた。
それに賛同できずにドキマギしていると、構わず彼女は私の手を引っ張って、家への方角を指差した。
「あたしの家はあっちで、君の家はあそこ。ほとんど同じ方角に、あたしたちの家はあるんだから、どっちが先につくか競争しよう!」
どうして競争しなきゃいけないのかわからなかったから、首を横に振って「疲れるからいい」と牽制した。
それでも彼女は容赦なく「10個数えるから」と言って1、2、と大きな声でカウントしだし、腰を落としてニヤニヤしながら、今か今かと走り出しそうにしている。
カウントを数えている彼女の横でブンブン顔を横に振って走りたくないという意思を伝えた。
彼女は、6の数字が読まれた後も一向にカウントを止めようとしない。
7…8…、
そしてその瞬間に地面の上を勢いよくけり出した彼女の右足が土埃を巻き上げて、10の数字を数え上げる前にスタートしたその体が、猛スピードで私の前方を駆け走っていった。
「早く早く!」
と走りながら後ろを向いて私のことを促す。
あまりに早く駆け出した彼女の様子は、私の身の回りで立ち止まっていた日常の沈黙を一瞬の間解きほぐすように、反射的に私の体を動かしていた。
ほとんどわけもわからないまま彼女の声に釣られて、1人の女の子のシルエットを追いかけた。
それは追い風のように私の背中を押し出して、街の景色は瞬く間に私の背後を滑り出す勢いのまま、スピーディーに動きはじめた。
走り出した足は次第に速くなって、タン!タン!と地面にぶつかる足の音が乾いた高い音符を醸しだし、靴と足が前のめりになって私の上半身を引っ張っていく。
彼女は手招きしながら私の前方を走っていたけど、体力がないせいか、次第に足の回転が遅くなって、ゼーハーゼーハーと肩から息を吸いながら立ち止まりつつあった。
後ろからそれに追いついて、何も言わずに彼女を見つめた。
ぴったり横について、同じように肩から息を吸った。
「やっぱり家までは遠いね。もう少し走れると思ったんだけど」
急に走り出した彼女を迷惑そうに見つめながら、酸素が足りない体を休めて、膝に手をつける。その様子を見て彼女は笑っていた。私の肩を叩き、屈託のない笑顔を浮かべていた。
それを見て、自然と笑顔が出た。
「きりさきちゃん?だっけ」
私の上の名前を呼んだ彼女は、その場に座り込んで少し休もうかと言ってきた。
すぐ近くにあった、道路脇にあるバス停のベンチに2人は座って、夕暮れ時に沈む空の下で、お互いのことを話し始めた。
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