雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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第211話

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 「…あれ…、…おかしいな」


 外の様子を伺おうとして、戸に近づく。


 「…急にどうしたんや?」

 「…シーーーーーッ」


 静かにしてほしい。

 忍び足になる体。

 硬直する時間。

 息を潜めた。

 そしてそのままゆっくり戸を引いた。


 「…ここ、お前ん家やないんやけど」


 外を見渡したけど、誰もいなかった。

 でも、チャイムが鳴ったってことは…


 「…おーい、聞こえとるか?」

 「え?」

 「誰がきたん?ピザでも頼んだ?」

 「いや違う…。キーちゃんが…」

 「キーちゃん??」


 疑問を投げかける亮平にうまく返答ができないまま、呆然としていた。

 冷静に考えようとする。


 …タイムリープ

 …時間

 …現実


 …銃を持った、…キーちゃん。


 …いやいやいや、

 やっぱり、…現実には思えない。

 普通に考えておかしくないか?

 だって、キーちゃんがそんなものを持ってるっていうこともそうだし、亮平にあんなことをするなんて…、あり得ない。

 こんなの、…嘘だ


 「…キーちゃんってなんや?」

 「…え、あ、いや…」


 言葉に詰まった。

 答える言葉が見つからなかった。

 返答に困る私を他所に、亮平は外に出た。


 「千冬に連絡でもしとったんか?」

 「…いや、違うけど」

 「…なんや。もしや!と思って期待したのに」


 残念そうに肩を落とす。

 そうか。

 未来の亮平は、キーちゃんに会いたがっていた。

 会って、クロノ・クロスの開発を止める…、って。


 「…でも、妙やな」

 「…なにが?」

 「チャイムが鳴ったんやから、誰か来とるはずなんやけど…」


 確かに。

 でも、辺りを見渡しても、人はいない。

 首を傾げつつ、家に引き返してきた亮平。

 外はやけに静かだった。

 風が止み、虫の囁きさえ聞こえない。



 …——ッザ



 土が擦れる音がした。

 靴底と地面が触れ、擦れるような音


 刹那に響いたのは、空気が揺れ動くような、——そんな静かな“気配”だった。

 最初、それがなにかはわからなかった。

 “わからない“というよりも、その認識の背後にある疑問点は、ずっと唐突な、不透明なノイズの”到達“による違和感の一種に違いなかった。

 目では捉えきれないほどの微かな揺らめき。

 その”挙動”の輪郭は、意識と意識の隙間を縫うように軽やかな足取りを持っていた。

 瞬きをする“間”よりも長く、…そしてはるかに速い、俊然とした滑らかな動き。

 それが静かな視界の先で不意をつくように顕れた。

 …だから、わからなかったんだ。

 微かな音と気配が、目の前にやってきた「理由」を。



 その”変化”が起こった時、目まぐるしく「世界」が動いた。


 ——世界が?


 視界の先で、家に戻ろうとする亮平が私の横を通り過ぎようかと言う時、その背後で、2人の死角を縫うように動く「影」が、突如として現れたんだ。

 意識の流れに追いつけないような、——スピードで。


 ビチャッ…!


 目の前で血しぶきが舞った。

 赤く、小さな粒子。

 空気中に飛び出る大量の“点“。

 それが、無造作にばら撒かれたように勢いよく散らばった。

 世界が、——赤く染まった。



 眼球に降り注ぐ「赤」。

 それが皮膚や、顔や、目の中に飛んできた時、亮平が目の前で倒れていく姿を、ほとんどスローモーションの状態で感じ取ることができた。

 …だけど、意識はそれに追いつけなかった。

 ただ、目まぐるしく動く世界と時間がそこにあって、どこからか現れた人影が、亮平の背後で動いている。

 首元を切り裂くナイフ。

 肩を掴んだ手。

 血だらけの引き戸。


 それらの一切が、「現在の時間」の流れを切り取るように一部始終となって現れた時、私は何が起こったのか、わからないままに停止した。


 倒れていく亮平の後ろで、ナイフを手に持ったキーちゃんがいる


 …そんなことは、現実には思えなかった。


 鮮血が舞う数秒間の沈黙の後、私は絶叫した。


 空間の全てを、揺れ動かすように。



 それは意図したものじゃない。


 現実が現実に追いつけない距離の先で、声にならない感情が爆発したんだ。


 …嘘だ…………!!

 

 って、ただそれだけの「声」が、空気中に伝わりながら。
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