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第129話
しおりを挟むエレベーターで10階まで来て、1006号室と書かれたドアの前に来た。
『桐崎千冬』という名札のついた壁を見て、このドアの先にキーちゃんがいると思った。
ドアの取っ手に指をかけ、開ける。
「キーちゃ…」
私は、私の記憶のすぐそばにいる「キーちゃん」を、その声で呼ぼうとした。
その先に「彼女」がいると思った。
私が知っている、キーちゃんが。
カーテンが締め切られた白い部屋。
開放的な空間の中に、白いベット。
車椅子に乗った人と、看護婦さんが1人。
「あら、お客さん?」
そう言って、看護婦さんは私を見た。
手に持っていたスプーンを、机の上に置き。
私は、この場所にキーちゃんがいると思っていた。
記憶の中にいる彼女が。
車椅子に乗っている人は、開けたままの口を閉じないまま、ほとんど動きのない眼球を固定したままだった。
手は車椅子の手すりの上に乗せられ、足は足置きに乗せられている。
微動だにしない体。
時間が止まっているように見える、気配。
その「気配」の正体がなんなのかを、すぐには認識できなかった。
車椅子に乗っている「人」が、キーちゃんであるということでさえ。
「…え…っと」
「千冬さんのお知り合いですか?」
看護婦さんは、ドアの前で立ち止まったままの私を見ながらそう言った。
私は「はい」と答えた。
「今お食事中ですから」と言い、面会はもう少し待っていただけますか?と言われた。
だからもう一度「はい」と言い、一度部屋を出た。
15分後、待合室で待っている私を呼び、再度1006号室に入る。
私は、誰に会いに来たのかがわからなくなっていた。
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