79 / 698
【第2章】新しい朝
第78話
しおりを挟む
それにしても、今年の春を思い出す。
まだ桜が咲いていない冬の寒さが残る3月1日の卒業式。
この体育館で、皆と「旅立ちの日」を合唱した。
小学生の頃とは違った雰囲気の別れの日。
「別れ」なんて大げさだ、なんて、心の中で思ってたっけ?
だって卒業したってみんなと会えるし、何かを無くすわけじゃない。
でも今になって思えば、本当に何かを無くす、そういう「日」だったのかもしれない。
「無くす」なんていう言葉は、ネガティブなイメージにしか聞こえないけど、もっと、…なんていうんだろう、いつかはそうなってしまうこと、というか、移り変わる季節の流れ、というか…
春になって桜が咲き、見慣れたはずの中学校が遠くに思えた。
学校の門を潜れば、担任の後藤先生や各教科の先生、後輩たちの姿が見えた。
当たり前だった「日常」に、思わず目が止まった。
埃っぽい下駄箱に、背の高いイチョウの木。
自転車置き場の横にあるテニスコートや、体育館へと続くレンガの階段。
運動部の男子がオアシスにしていた玄関前の水飲み場。
新しく建て替えたばかりのプールに、オバケが出そうなくらい薄暗い更衣室。
学校のたくさんの場所に、隣にあったはずの景色があった。
高校に入学して、ゴールデンウィークにキーちゃんと一緒に中学校までやってきたんだ。
キーちゃんはアメリカから帰ってきたばっかりだったし、「通ってた中学見にいく?」って提案をしたら、行く行く!ってテンション上げてきてさ。
それで案内した。
在校生でも無い私たちが、校舎の中に入るなんて許されなくない?って思ったけど、門をくぐって職員室に行ったら、「休みだから」ってことで許してくれた。
数ヶ月前までいたはずの3階の教室に、キーちゃんと2人で入って、窓を全開にしながら色んな話をした。
卒業式の日、なぜか涙が出た。
「別れの日」なんて、そんな大げさな、なんて思ってた自分が恥ずかしいくらい、友達と一緒に泣いた。
淋しいとか、辛いとか、きっとそういうんじゃなかった。
ただ涙が出た。
みんなと一緒にいた時間を思い出した時に。
音楽の菜緒ちゃんこと「菜々緒先生」が弾く軽やかなピアノの旋律に乗せられ、静まり返った午後と、体育館。
卒業式のためにみんなと練習した「旅立ちの日」は、それまでにあった学校生活の全てを思い出させてくれた。
顔を上げて、必死に込み上げる何かを抑えながら、それでも強く、太く、必死に声を出そうとする。
歌いながら、色々思い出した。
部活でのことや、くだらない先生のトーク。
それは流れるような記憶になって、頭の中を泳いでいった。
瑞々しい「色」を持ちながら。
限りなく青い空を、記憶の端々に晴れ渡らせながら。
休憩時間中にはしゃいだこと。
放課後の帰り道。
大成功に終わった文化祭に、レースで転けた運動会。
クラスメイトと一緒に過ごした時間、——夏休みの宿題。
誰もいない閑散とした踊り場や教室に、合唱の声が響き渡る。
グラウンドの上で春一番の風が吹き、冬の終わりに咲く花の蕾が、揺れる。
もう会えないかもしれない「時間」が、隣にある気がした。
合唱の歌が進んでいくたび、進んでいかなくちゃいけない「時間」が、どこかにある気がした。
私たちは必死に歌った。
時間の限り「言葉」を追いかけた。
歌を歌い終えてしまわないうちに。
皆と一緒に過ごせる時間が、なくなってしまわないうちに。
体育館の壇上に目を遣りながら、色々考えた。
卒業式があったはずの場所で、なぜかこうしてまた、通り過ぎたはずの「時間」を過ごしている。
あどけない顔をする友達。
後輩にあげたはずのバッシュ。
…なんなんだろうね、本当に…
何で私は、またここに来ているのだろう…
まだ桜が咲いていない冬の寒さが残る3月1日の卒業式。
この体育館で、皆と「旅立ちの日」を合唱した。
小学生の頃とは違った雰囲気の別れの日。
「別れ」なんて大げさだ、なんて、心の中で思ってたっけ?
だって卒業したってみんなと会えるし、何かを無くすわけじゃない。
でも今になって思えば、本当に何かを無くす、そういう「日」だったのかもしれない。
「無くす」なんていう言葉は、ネガティブなイメージにしか聞こえないけど、もっと、…なんていうんだろう、いつかはそうなってしまうこと、というか、移り変わる季節の流れ、というか…
春になって桜が咲き、見慣れたはずの中学校が遠くに思えた。
学校の門を潜れば、担任の後藤先生や各教科の先生、後輩たちの姿が見えた。
当たり前だった「日常」に、思わず目が止まった。
埃っぽい下駄箱に、背の高いイチョウの木。
自転車置き場の横にあるテニスコートや、体育館へと続くレンガの階段。
運動部の男子がオアシスにしていた玄関前の水飲み場。
新しく建て替えたばかりのプールに、オバケが出そうなくらい薄暗い更衣室。
学校のたくさんの場所に、隣にあったはずの景色があった。
高校に入学して、ゴールデンウィークにキーちゃんと一緒に中学校までやってきたんだ。
キーちゃんはアメリカから帰ってきたばっかりだったし、「通ってた中学見にいく?」って提案をしたら、行く行く!ってテンション上げてきてさ。
それで案内した。
在校生でも無い私たちが、校舎の中に入るなんて許されなくない?って思ったけど、門をくぐって職員室に行ったら、「休みだから」ってことで許してくれた。
数ヶ月前までいたはずの3階の教室に、キーちゃんと2人で入って、窓を全開にしながら色んな話をした。
卒業式の日、なぜか涙が出た。
「別れの日」なんて、そんな大げさな、なんて思ってた自分が恥ずかしいくらい、友達と一緒に泣いた。
淋しいとか、辛いとか、きっとそういうんじゃなかった。
ただ涙が出た。
みんなと一緒にいた時間を思い出した時に。
音楽の菜緒ちゃんこと「菜々緒先生」が弾く軽やかなピアノの旋律に乗せられ、静まり返った午後と、体育館。
卒業式のためにみんなと練習した「旅立ちの日」は、それまでにあった学校生活の全てを思い出させてくれた。
顔を上げて、必死に込み上げる何かを抑えながら、それでも強く、太く、必死に声を出そうとする。
歌いながら、色々思い出した。
部活でのことや、くだらない先生のトーク。
それは流れるような記憶になって、頭の中を泳いでいった。
瑞々しい「色」を持ちながら。
限りなく青い空を、記憶の端々に晴れ渡らせながら。
休憩時間中にはしゃいだこと。
放課後の帰り道。
大成功に終わった文化祭に、レースで転けた運動会。
クラスメイトと一緒に過ごした時間、——夏休みの宿題。
誰もいない閑散とした踊り場や教室に、合唱の声が響き渡る。
グラウンドの上で春一番の風が吹き、冬の終わりに咲く花の蕾が、揺れる。
もう会えないかもしれない「時間」が、隣にある気がした。
合唱の歌が進んでいくたび、進んでいかなくちゃいけない「時間」が、どこかにある気がした。
私たちは必死に歌った。
時間の限り「言葉」を追いかけた。
歌を歌い終えてしまわないうちに。
皆と一緒に過ごせる時間が、なくなってしまわないうちに。
体育館の壇上に目を遣りながら、色々考えた。
卒業式があったはずの場所で、なぜかこうしてまた、通り過ぎたはずの「時間」を過ごしている。
あどけない顔をする友達。
後輩にあげたはずのバッシュ。
…なんなんだろうね、本当に…
何で私は、またここに来ているのだろう…
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる