雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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【第2章】新しい朝

第78話

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 それにしても、今年の春を思い出す。

 まだ桜が咲いていない冬の寒さが残る3月1日の卒業式。

 この体育館で、皆と「旅立ちの日」を合唱した。

 小学生の頃とは違った雰囲気の別れの日。

 「別れ」なんて大げさだ、なんて、心の中で思ってたっけ?

 だって卒業したってみんなと会えるし、何かを無くすわけじゃない。

 でも今になって思えば、本当に何かを無くす、そういう「日」だったのかもしれない。

 「無くす」なんていう言葉は、ネガティブなイメージにしか聞こえないけど、もっと、…なんていうんだろう、いつかはそうなってしまうこと、というか、移り変わる季節の流れ、というか…


 春になって桜が咲き、見慣れたはずの中学校が遠くに思えた。

 学校の門を潜れば、担任の後藤先生や各教科の先生、後輩たちの姿が見えた。

 当たり前だった「日常」に、思わず目が止まった。


 埃っぽい下駄箱に、背の高いイチョウの木。

 自転車置き場の横にあるテニスコートや、体育館へと続くレンガの階段。

 運動部の男子がオアシスにしていた玄関前の水飲み場。

 新しく建て替えたばかりのプールに、オバケが出そうなくらい薄暗い更衣室。


 学校のたくさんの場所に、隣にあったはずの景色があった。

 高校に入学して、ゴールデンウィークにキーちゃんと一緒に中学校までやってきたんだ。

 キーちゃんはアメリカから帰ってきたばっかりだったし、「通ってた中学見にいく?」って提案をしたら、行く行く!ってテンション上げてきてさ。

 それで案内した。

 在校生でも無い私たちが、校舎の中に入るなんて許されなくない?って思ったけど、門をくぐって職員室に行ったら、「休みだから」ってことで許してくれた。

 数ヶ月前までいたはずの3階の教室に、キーちゃんと2人で入って、窓を全開にしながら色んな話をした。


 卒業式の日、なぜか涙が出た。

 「別れの日」なんて、そんな大げさな、なんて思ってた自分が恥ずかしいくらい、友達と一緒に泣いた。

 淋しいとか、辛いとか、きっとそういうんじゃなかった。

 ただ涙が出た。

 みんなと一緒にいた時間を思い出した時に。


 音楽の菜緒ちゃんこと「菜々緒先生」が弾く軽やかなピアノの旋律に乗せられ、静まり返った午後と、体育館。

 卒業式のためにみんなと練習した「旅立ちの日」は、それまでにあった学校生活の全てを思い出させてくれた。

 顔を上げて、必死に込み上げる何かを抑えながら、それでも強く、太く、必死に声を出そうとする。

 歌いながら、色々思い出した。

 部活でのことや、くだらない先生のトーク。

 それは流れるような記憶になって、頭の中を泳いでいった。

 瑞々しい「色」を持ちながら。

 限りなく青い空を、記憶の端々に晴れ渡らせながら。



 休憩時間中にはしゃいだこと。

 放課後の帰り道。

 大成功に終わった文化祭に、レースで転けた運動会。

 クラスメイトと一緒に過ごした時間、——夏休みの宿題。



 誰もいない閑散とした踊り場や教室に、合唱の声が響き渡る。

 グラウンドの上で春一番の風が吹き、冬の終わりに咲く花の蕾が、揺れる。


 もう会えないかもしれない「時間」が、隣にある気がした。

 合唱の歌が進んでいくたび、進んでいかなくちゃいけない「時間」が、どこかにある気がした。


 私たちは必死に歌った。

 時間の限り「言葉」を追いかけた。

 歌を歌い終えてしまわないうちに。

 皆と一緒に過ごせる時間が、なくなってしまわないうちに。



 体育館の壇上に目を遣りながら、色々考えた。

 卒業式があったはずの場所で、なぜかこうしてまた、通り過ぎたはずの「時間」を過ごしている。

 あどけない顔をする友達。

 後輩にあげたはずのバッシュ。



 …なんなんだろうね、本当に…


 何で私は、またここに来ているのだろう…
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