雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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第一次クロノプロジェクト

第73話

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 納得ができない。

 そりゃ私だって死にたくないし、元々ここに来た目的は「自分のため」だ。

 でもそのことと、今の「話」は別だ。

 あんたが事故に遭うって言うのは、“誰も意図したことじゃない”。

 事故は事故だ。

 誰のせいでもない。

 でも今の状況は違うでしょ?


 世界がウソをつくことになる?


 そんなのは、自分たちの価値観の問題でしょ?

 事故を防ぐことができるなら、それを防ぐことに越したことはない。

 助けられるものを助けないなんて、そんなのどうかしてる。

 それが自分のことなら、尚更だ。


 「一回でもウソをついた人間は、またウソをつく。後付けでどんな言葉でも吐けるようになる。でもそれのどこが、「現実」や?クロノプロジェクトは、確かに人類に希望を与えるものやった。そのかわり、現実の問題から目を背ける機関でもあった」

 「現実の問題?」

 「世界は、常にひとつでなければいけん。どんな結果になっても、どんな出来事が生まれても、決して逃げ道を作ったらあかん。生まれた結果には、真正面から向き合うべきや。俺たちが、…人間が生き延びる方法を見つけるなと言ってるんやない。俺が言いたいんは、俺たちの生活に「嘘」をついたらあかんって言うことや」


 生活に嘘をつく。

 亮平の意図した言葉の先にあるものが、私にはわからない。

 わからないから、言うしかなかった。


 「命よりも大事なもんがあるんか?」


 それは稚拙な言葉に聞こえるかもしれない。

 命が大事。

 そんなのはご都合主義の定番文句だ。

 それは自分でもわかってる。

 物事の背景もプロセスもなにもわかってないやつが、とりあえず言っとけばいいだろうというような「国際的標準語」。

 倫理についてろくに勉強もしてない人も、気軽に使える言葉。



 私が言ってることは変かな?

 いいや、今はそんなこと、どうでもいい。

 
 「別に嘘ついてもええやん。それで命が助かるんやったら」

 「それで助かって、その嘘で殺された人はどうなる?」


 嘘で殺される?私は首を傾げた。


 「俺が事故に遭わんかったせいで、誰かが苦しむことになったはずや。お前が死んだんも、お前は「関係ない」って言うが、遠かれ少なかれ、関係してる。それは、元々にはなかったことやから。俺は別に自分を責めてるわけちゃう。俺の“せい”って言うんも、別に罪意識に苦しめられてるからやない。俺が言いたいんは、ありのままの出来事に、ありのままの状態でいること。それから人間が逃げることが、“都合がいい”って言うてるんや。そんな都合の良さを認めてしもうたら、これから先、自分の言葉に責任を持てる「時間」が来るか?俺はそうは思わへん」


 自分の言葉に責任を持てる、言葉。

 そんなこと、…考えたことがない。

 なにが「責任」かって、真剣に考えたこともない。

 確かに亮平が言うように、何かに対して「嘘」をついちゃいけないのはわかる。

 でもそのことと、亮平の言う「責任」と、どんな関係があるっての?


 私にはわからなかった。

 亮平の言ってることはわかる。

 自分が事故に遭わなかったことで、世界の結果が変わってしまったこと。

 そのことがどんなに都合がいいか。

 …でも


 「あんたは受け入れられるんか?自分の身に起きたこと」

 「そりゃ、受け入れるしかないんやないか?俺も考えたわ。色々な。しかし、研究に参加している日が続くに連れて、施設におる職員と話を続けていくにつれて、違和感しかなかった。「人類」のためとか言うて、そんなのは研究のための謳い文句で、本質は人間のエゴでしかない。情報を存続できたからってなんになるんや?世界の出来事には必ず「理由」がある。それは情報の存続に関わらず、「不変」や。その「理由」をすり抜けてまで、生き延びるってことがそんなに大事か?」


 私がわからないのは、きっと私の中にある知識が、亮平の言葉に追いついてないからだとも思う。

 正義が何かとか、善悪が何かとか、そんなの、私の言葉で語れるほど軽々しいものじゃない。

 だから亮平の言ってることが正しいとか正しくないとか、そんなことを、一々語ろうとしてるわけじゃないんだ。

 私が言いたいのは、「今」のあんたが、本当にしたいことはなにか。

 自分の命を投げ出してまで、“世界のため”に、なんて、それこそ綺麗事じゃないか。


 「目の前の問題を蔑ろにしてるのに、「世界」のためなんてバカバカしい」

 「目の前の問題?」

 「あんたは世界のためと言うけど、あんたの未来はどうなるんや?」

 「俺の未来?そんなん、今は考えるべきちゃう」

 「今は考えるべきちゃうって…、せやったらいつ考えるんや?」


 亮平は「未来」の話をする。

 明日、世界が雨だとしても、決して「晴れ」にしてはいけないということ。

 晴れる日は、自分たちの手で作るもんじゃない。

 雨でも晴れでも、私たちは生きていかなくちゃいけない。

 真っ直ぐに。

 真っ当に。

 だから、決して目を背けてはいけない「問題」があると、言う。


 …そんな、そんな「綺麗」な言葉を吐く前に、明日、自分がどうなるかを考えたことはないの?



 「明日?」

 「そんな難しいことを言ってるつもりはないで?あんたには無いん?自分がなにがしたいかとか、これからのこと」

 「そんな悠長なこと言うてる前に、やるべきことがある」

 「その「やるべきこと」ってのは、なんや?世界を元に戻す?初期化?んなアホな」

 「アホなわけあるかい」


 その語尾は力強く、震えてた。

 その音の源が、昨日や今日で身についたものではないとわかるほど、重い振動を持っていた。

 私と亮平は、こうして「隣」にいても、同じ時間にはいないかもしれない。

 亮平の話が本当なら、何十年も、私より生きていることになる。

 だからか、亮平の話す言葉や、その口調や、感情の矛先が、同じ年頃の男の子とは思えないほどに離れた距離を感じた。

 亮平がどんな思いで、言葉を使うか。

 声を震わせる時間を持ったか。

 その理由を、到底知る由もない。


 私は、私の思う言葉を吐いた。

 それもきっと、正しいとか、正しくないとかじゃない。
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