雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

文字の大きさ
上 下
63 / 698
風の岬

第62話

しおりを挟む


 「母さんがおらんからって、「おらん」言うのはどうかと思うで」

 「なにがや」

 「なにがって、そりゃ、あんたはよぉわかっとるやろ」


 大事なものは、心の中にあるってこと。

 いつも言ってたじゃないか。

 相手の太刀筋は、目で追うものじゃないって。

 足の捌き方、呼吸、目線の高さ、竹刀の位置、そういうものが全部合わさって、剣が“生きるか死ぬか”のラインが決まるって。

 決して、目に追えるものが、剣の「スピード」よりも先に動くことはできないって。

 だから亮平の母さんが死ぬ間際、あんたの手を握り、「しっかり生きんさい」って、目を見て言ってくれたんじゃないのか?


 「あんた言ってたやん。人が生きれるんは、その「タイミング」は、剣道と同じやって。だから母さんの「命」を繋ぐために、剣を握り、相手が動くよりも先に、一歩前に足を踏み出さなあかんのやって」


 亮平は、黙ったままだった。

 亮平の辛さは私にはわからない。

 わからないけど、黙って見てるわけにはいかなかった。

 なんときゃしなきゃって思えたのは、亮平が、私よりもずっと大きな目標に向かって、頑張っていたからだ。

 日常の中をのうのうと生きてる私なんかには、到底及びもしないほどの巨大な力というか、魂の“鋭さ”みたいなものを、竹刀を振ってきたその姿の中に持っていたから。



 次第に亮平は剣道をサボるようになってしまった。

 そのせいで、家に帰って父親に厳しいことを言われる日が、しばらく続いたのかもしれない。

 あの“クソ親父”は、今ではあの家にはいないが、自分の息子に振るっていた「暴力」について、後悔していると言っていた。


 婆ちゃんから話を聞いた事がある。

 亮平に暴力を振るうのは、愛情の裏返しなんかじゃない。

 かといって、ただの「暴力」でもない。

 酒に溺れ、ギャンブルにそそのかされながらも、最愛の妻を亡くすかもしれないという恐怖から逃げていた、ある種の自己コントロールの欠落が招いた「事故」だったって。

 いつか、精神科の医者から診断されたそうだ。

 「亮平を強くしなきゃあかん」という思いばかりが募り、それが暴力にまでエスカレートしていったのは、そうすることで、自分の弱さを隠そうとしていたのだと。

 



 亮平が父親の暴力を受け始めたのは、小学4年生の後半頃からだ。

 この頃、亮平ママに癌が見つかり、少しずつ平和な日々が崩壊していった。

 最初は、「家族全員で力を合わせて頑張ろう!」というような団結力が、父親を介してあったそうだが、亮平ママが入院して、抗がん剤治療が始まった頃から、亮平へのスパルタ的な教育が始まった。


 亮平は、自分が父親から暴力を受けているなど、母親には言わなかった。

 父親の方は、亮平を強くすることで、妻を安心させてあげたいという思いがあったのかもしれない。

 息子に加えている「暴力」がダメなことくらいは本人もわかっていたはずだった。

 だから、酒に走って逃げたり、禁制にしていたギャンブルにまた手を出したりと、精神的に不安定になっていったのだと推測されてる。

 負のスパイラルが日に日に広がる中、それでも、亮平が結果を出し続けたことで、「自分がやっている事が正しい」と錯覚に陥り、手がつけられなくなってしまっていた。


 それに見かねた婆ちゃんが、ある夜に警察を呼び、一時はその周辺が騒然となる日があった。

 警察を呼んだ後、すぐに家庭内裁判を起こすことになった。

 裁判は難航したそうだが、父親側が全てを認めたため、亮平の親権を婆ちゃんが獲得して今に至ることになった。

 婆ちゃんからすれば、亮平の父親は自分の「息子」だったのだから、きつい言葉を使うのは心苦しい部分が絶対にあったはずだった。

 それでも亮平のために、息子にハッキリと「私が面倒を見る」と言い、「精神科に通って療養しんさい」と、反省を促したのだそうだ。

 それから亮平の父親は病院に通い詰めることになった。

 今はどこかで、一人で暮らしているのだそうだ。

 一応まだ、神戸の市内にはいるらしい。

 時々会うこともあると、亮平から聞いていた。

 会うと言っても、以前のようにとはいかないみたいだったけど。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

処理中です...