雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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未来の研究

第49話

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 「「成果」って?」

 「科学者は、過去の俺に「俺自身のデータ」を送信する際に、ある電子コードを埋め込むことにした。まあパスワードみたいなもんや」

 「パスワードって、あのパスワード?」

 「スマホ画面ロックを解除するようなやつ。とにかくそれを埋め込み、14歳の俺の元へ全ての情報を送信した」

 「14歳の、俺??」

 「事故に遭う前の「俺」や」

 「…あぁ、なるほど」

 「2014年の時や。楓が、高校生になって、俺は中卒のまま進学もせず、フラフラしてる時期やった。楓のよく知っとる「俺」や。ろくでなしっていうか、まあ、ただのクソガキというか…」


 自分のことをクソガキと言うとは。

 そんな自己評価を、亮平自身の口から聞けるとは。


 「イメージとしては、映像に近かった。突然、走馬灯のように脳の中で電流が走った」


 その当時の、過去へのデータの送信、——つまり「情報の伝達」の体験を、時折深く考えながら思い出し、教えてくれた。


 「血が頭に上ると言うか、金縛りに遭うと言うか、とにかく、一回意識を失ったんや。ずいぶん長い時間夢を見とったような感覚やったが、周りの人が言うには、すぐに目が覚めたらしい。ダウンロードされたのは、事故に遭った後の「俺」、——つまり「15歳から植物状態になっていた俺」や」

 「…ふむ」

 「やから、実質「移動元」の俺も、「移動先」の俺も、ほとんど「同一時期の俺」みたいなもんやった。事故に遭う前と事故に遭った後の時間軸は、1年の間隔も空いていない。普通は、送信元と送信先の情報の「量」とその「シンクロ率」の差が大きい分、情報のダウンロードの際に大きな副作用と拒絶反応が起きるもんやが、俺の場合は違った」

 「なんで?」

 「さっきも言うたように、俺は事故に遭って脳死状態やった。情報が脳の中に残ってるって言うても、脳は死んどったんや。せやから、「事故に遭った世界線の俺」は、それ以降の“新しい情報を持っていない”と言っても差し支えなかった。つまり、事故に遭ってからの俺は、“時間が止まったまま”やった」

 「「新しい情報」って?」

 「日常生活で経験することとか、記憶すること。もし今楓がこの瞬間に死んだら、それ以降の世界を知ることはできないし、触れることもできんやろ?」

 「うん」

 「植物状態の人間が過去に情報を送信するときに利点だったのが、この、「脳死」によって新しい情報を書き込むことがなくなった、という点やった。俺がまだ実験の対象になった頃は、技術が進んでなくてな。うまく情報を送ることができなかったりしたんや」

 「他にも被験者がいたの??」

 「たくさんおった。…けど、ほとんどが失敗に終わった。送信元の個人情報と、送信先の個人情報のシンクロ率が100%から遠ざかれば遠ざかるほど、データのアップロードが正常に行われないリスクが、格段に上昇したからや」

 「シンクロ率…?」

 「今の楓と、50年先の楓は、持ってる情報も、記憶も人格も全然違う。そういう意味や」

 「でも、どんだけ時間は経っても、2人は同じ人間でしょ?」

 「同じ人間やが、厳密にはそうやない。俺たちは普段の生活の中でいろんなもんに出会って、いろんなものに触れて、それで新しい情報や経験を頭の中に入れてる。「細胞分裂」って、聞いたことあるやろ?」

 「理科の授業とかのやつでしょ?丸っぽいというか、一つの物体が分割されていくやつ」

 「細胞分裂が繰り返されていく過程で、「時間の進行」と「物事の経験」は大きな関わりを持ってる」

 「…ほう?」

 「同じ人間のようでも、時間が経てば経つほど、ある時点からの「A」という人間と、ある時点までの「A」という人間の量子レベルでの情報の「差」は、計り知れないほど大きくなる」

 「量子…、なんだって…??」

 「…とにかく、俺の頭の中に「未来の情報」が送信された時、正直何が起こったか分からんかった。けど、一つの映像が、サイレンのように鳴り響いて離れんかった」


 その時、未来の情報がアップロードされた時、事故に遭う前の自分が知るはずがない、『自分が事故に遭ったということ』や、その直前までの映像を「記憶の中」に感じたと言った。

 その日の空の色や、時間、視界に映る一つ一つの景色が、すぐ隣にあるかのような感覚だったって。


 「高速道路で友達のバイクの後ろにいた。それこそ、お前の身に起こった出来事みたいに、「自分が事故に遭った」という感覚が、ありありと頭ん中に残ってた。数日経っても、その映像は消えん。気のせいや思うても、頭痛のように毎日その「事故」の一部始終が繰り返されたんや。それだけやあらへん。「過去の記憶」言うんか、一度は通ったことがある道、言うんか、お前も感じたって言うたやろ?「2013年」の今日、どこで、何が起こったか」


 私が記憶の中にある情報を追体験した感覚を、同じように感じたと言った。

 しかもそれは日を追うごとに強くなり、「自分が今、いつ、どこにいるか」もわからないくらい混在した意識の状態が続いたそうだった。


 「本来、「移動元」の俺が50年後の情報を正確に知れていたなら、こんなことにはならんかったらしい。「こんなこと」っていうのは、知るはずのない未来のことを、記憶の中にフラッシュバックする、っていう奇妙な体験についてや。それもそのはずで、植物状態やった俺からすれば、突然過去に情報を送られても、その「情報の提供」についての承諾も何もしてないんやから、何がなんだかわからへん。せやけど、一つだけ分かったんは、「自分が事故に遭うかもしれん」っていうことやった。事故の当日、嫌な予感がした俺は、友達の誘いを断った。今でも覚えてる。9月10日のこと」




 …うん?

 待って、今、「9月10日」って言った?


 「そうや」

 「それって、2014年のこと?」

 「ああ」


 亮平はサラッとそのことを話したが、「2014年9月10日」と言えば、私がいたはずの世界じゃないか。


 「…そうやな」
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