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旅立ち編

村人は動かない

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 母に聞いた物語の英雄達が、遠く感じるようになったのはいつだったか。
 俺が、普通の村人だと気づいた時か。

 俺の名前はマタノ。変な名前だと思うが、俺が選んだわけではない。皆もきっとそうだ。
 こうして普通の村で、普通の村人として生きている。
 特に秀でた才能がある訳でもない。魔法も剣技も何もない。顔も普通かそれ以下。正直言って、俺みたいな奴がこの世界に一杯居るんだろうと考えた事がある。

 こんな俺には、一人の村人として生きていく事しかできない、そう思っていた。


________


 ある日の事である。
 何をするでもなくただブラブラしていた俺は、幼馴染みのカルドに話しかけられた。

「よお、マタノ。お前今暇か?」

 マタノというのは俺の名前だ。
 何度も言うが、ぶっちゃけ少しかっこ悪い名前だと思う。

「暇だ。」
「そういうと思っていたぜ。」

 カルドは俺の返答を予測していたらしい。嘘つけ。

「お前の退屈を晴らす話がある。」

 そういうカルドの顔は、底抜けに明るい。
 明るいのは結構なのだが、こいつの笑顔には裏がある。
 大抵は何かしらの悪巧みやら策やらが絡まっているから、騙されてはいけない。

 そんな笑顔に引っかかったが最後、災厄の渦に飛び込むようなものだ。
 俺がまだ幼い頃、何度かこういう事はあった。
 
 ゴブリンの巣に連れてかれたり、隣町の女の子をナンパに行ったり、たまにくる冒険者に勝負を挑んだりした。提案はすべてカルドだ。
 それら全ては失敗。
 ナンパも、カルドが話しかけた奴が70過ぎてそうなお婆ちゃんだったりした。
 
 カルドが笑えば笑うほど、村での評価は右肩下がりだ。
 俺まで悪ガキ認定されている。村長も俺を警戒しているらしい。

「また悪事を働く気か。俺はもう付き合わんぞ。」
「いやいや、今回のは一味違う。神殿に行こう!」
「神殿?」

「お前…神殿も知らんのか。」

 俺もそこまで馬鹿じゃない。言葉の意味ぐらい分かる。

「何をしに行くのか、理由が分からんだけだ。」
「おいおい、決まってるじゃないか。神殿と言ったらやる事は一つしかないだろ。馬鹿ちんめ。」

 こいつ本当に殴ってやろうか。いや、殴る。

「ちょっ、グフッ」

 腹に一発入れた。
 膝から崩れ落ちる素振りを見せるが、それは嘘だ。
 過剰に痛がるこいつの芝居である。

「の、脳力診断だよ、脳力診断。」

 最初からそう言えばいいものを。

 カルドが言ってる能力診断は、自分にある能力や適性などを教えて貰う事である。

 まず適性の診断。
 自分が何に向いているのか知る事ができる。
 もちろん、適性が無い奴だっている。

 魔法や剣から、料理や掃除まで。向いているものが一発で分かる。
 適性のあるやつの方が伸びしろもあるらしいが、詳しい事は知らん。
 
 もう一つ、能力の診断。
 能力とは、適性とは違い、完全にユニーク。
 唯一無二の何かとしか言えない。俺も実際に見た事が無いからだ。

 能力持ちなんて滅多にいるもんじゃ無いし、持っていても隠していることも少なくないらしい。

 魔術に適性がある奴と、魔術系の能力持ちとでは、比べ物にならない強さの事もあるようだ。
 まあ、能力といっても滅多にあるもんじゃ無いらしいし、使い物になら無いようなものもあるらしい。

「どうせ何もないのがオチだ。止めとけ。」

「行く前から諦めてどうすんだよ!
俺だけ適性とかあったらお前が悔しがるだろうから誘ってやってんだぞ!」
「お前にだって無い可能性はあるだろ」

「いや、ある!この俺に無いわけがない!」

 この自信は、一体どこから湧いてくるのだろう。
 俺にもちょっと分けて欲しい。2個くらい。

「第一、神殿は王都にしかないだろ。ここからだとかなり遠いぞ。」
「まあ、一週間はかかるな」

 一週間。長いな。
 街道を通れば安全だろうが、こいつと一緒ではまず何かが起こる。

「心配すんな!俺がきっちりエスコートしてやるよ!」

 ドン、と胸を叩きそう言うが、俺には不安しかなかった。


---
 
 意見に流され、曖昧な返事をしていた結果、結局俺も同伴することになった。
 これが腐れ縁というやつなんだろう。忌々しい。

 俺とカルドは3日後に村を出発する事にした。
 荷物やらの準備には、それぐらい期間があれば十分だと思う。

 さて、能力診断の事だが、実は俺も、興味がない訳ではなかった。
 無いだろうけど、ちょっとは…みたいな、期待と諦めの間で揺れ動く気持ちに、モヤモヤを感じていたのは確かだ。

 無いなら無いで良いが、変に期待し続けたくない。
 こういう事は、しっかり知っておく必要がある。

 もし適正やら能力やらがあれば、俺のこの日常も、少しは変わったものになるのだろうか。
 やはり、少し期待はしてしまう。

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