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543うぶ

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ナターシャ達が立ち去る際、オリジナル・グリムの言葉が頭に響く。

『我が分身よ。恐ろしい2人をつれておるな。
 この世は、まだまだ儂の知らぬ事ばかりで楽しめる。また、会おう。』

ハイオーガはオリバー隊長と兵士とで倒していた。
戦いの最中ハイオーガの皮膚や筋肉が急激に劣化したらしい。

『急激な変化を与えたが為に、体が持たなかったのかもしれんな。』

どんな技術かは分からないが、無理があったのだろう。
周囲を探索魔法で調べてみたが、3人の姿は引っかからなかった。
馬車も全て破壊され、兵士が近場の町まで馬車を手配に動いてくれている。

倒れたトムさんは、全身火傷で酷い状態だった。
手元にあるポーションを全身にかけまくった事もあり命に別状はない。
ミスリルの盾はたわみ、鎧も変形し一部は皮膚に食い込んでいた。
普通に取り外す事も出来ず、練成術で変形し無理やり外させてもらった。

『何重にもシールドを張ったのじゃろう。
 全く、無茶をする男じゃ。しかし、良くやった。』

ポーションを使い少しは痛みを和らげているが、治すには傷が酷すぎる。
秘薬を使うほどではないが、俺もこれ以上魔法を使えば何か有った時の対応が取れなくなってしまう。
申し訳ないが、マクニス王国にたどり着くまで、我慢してもらうしかない。

「拓君、大丈夫。これでも僕は頑丈だからね。
 マクニス王国まで我慢するなんて簡単な事だよ。」

トムさんが俺の手を掴んで笑いかけてくれる。
今の俺には少しでも魔力が回復するように、休むしか出来なかった。



マクニス王国までの道中で襲われる事も無く、無事にマクニス王国に辿りついた。

騎士団の寄宿舎に着いて治療魔法で全快したトムさんは、食事の真っ最中。
トムさんの希望で天ぷらを作っている。
アイテムボックスに収納しておいた魚介類も使っている。

「魚とピーグの天ぷらをお代わり。それにしても、このソース美味しいね。
 甘辛いって言うのかな。凄く食欲を掻き立てるよ。」

気に入ったのはピーグという魔獣の肉と白身魚の天ぷら。
ルドルフ料理長のレシピを応用してチリソースを作ってみたのだが、上手くいったみたいだ。
しかし、アイテムボックスに保存している料理を全て食べつくす様な勢いだ。

「美味しい物を食べると、生きているって実感出来るよね。
 本当に、無事に食べる事が出来て良かったよ。お代わり良いかな。」

未だ食べるのか。ここまで来ると、トムさんの食欲は呆れるのを通り越して感心してしまう。。

バラン将軍とオリバー隊長は今回の報告の為、城に滞在している。
俺達は2日ほど寄宿舎で休んでからブルネリ公爵領にもどる事になっている。

大量の食事を平らげ腹も落ち着くと、トムさんが改まって俺に話しかける。

「拓君、申し訳ないけど防具の修理の予約をお願い出来ないかな。
 今はお金が無いから無理だけど、溜まった時に依頼をさせてもらいたい。」

そんな事を気にしないで良いのに

「体を張って皆を助けてくれた人からお金を取れませんよ。
 材料も十分に有りますから、新しいのを作り直します。
 その代わり色々と実験をしたいので、支払いは体で払ってもらうと言う事でどうでしょう。」

「えっ、浩司君の前で誘って大丈夫。
 拓君なら受け入れるけど、余り過激な世界に引き込まないでね。」

そっと目をそらすトムさん。
この酷い3文芝居で有りながら、喜んでしまった自分が悲しい。

「トムさんまで・・・新しい盾についての実験ですよ。
 浩司の前で、そんな事を言う訳無いでしょ。」

「あら、浩司さんの前で無ければ言うのかしら。」

ロビンさんの台詞に、全員が大笑い。この人達、性質が悪い。
浩司は溜息を吐かずに俺の味方をして欲しい。
ここは、ぼったくった方が良いのだろうか。

「拓君、からかってごめんね。勿論、協力させてもらうよ。本当にありがとう。」

トムさんがそう言うなら仕方が無い。ぼったくるのは止めておこう。

「本当にごめんね。拓ちゃんって恋愛になると初心なのよね。
 普段とのギャップが面白いわ。」

面白いって何だ。完全に玩具にされているな。
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