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壱 水元公園の姉妹プレイ
今宵の「彼女」へのバースデー・プレゼント
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ふぅ、と一息ついてから、台所に向かい、お風呂の給湯ボタンにタッチした。お風呂に浸かってしまい、先程スイッチを入れたお仕事モードをオフにしてしまうのだ。
通勤ルックを上下とも脱ぎ、通勤カバンとブラと共に、通勤セット用のハンガーにかけた……薄手の上下で出かけて2時間としないうちに戻ってきたから、身体に汗をかいた感じはほとんどないわね。
Tシャツ姿となったわたしは、てとてと歩き、ベッドルームに入る。衣装ケースの下段を開く。バスタオルを2枚取り出し、バスルームへと向かう。今朝方のわたしのお部屋とこの部屋と、いくつものパーツが若返っているけれども、通勤帰りにお風呂に入る動線はわたしの記憶と同じだった。
バスタブには、既にお湯が半分ほど入っていた。
いつもの晩と同じく、少しぬるめ設定のシャワーに足元から浴びていく。シャワーヘッドから出てくるお湯も、バスタブへ給湯されているお湯も、リサイクルモードの温水だ。
このマンションに入居した当初は、入居者全員のお風呂の排水をエコロジカルに再生した後の温水を浴槽に入れるリサイクルモードには、どことなく抵抗を感じたものだ。いくらハイテクなナノフィルターなどによってほぼ完全にクリーンになっているにしても。社会人となってからは、リサイクルモードの温水のお得な価格のありがたみを感じるようになったけれども。
リンスインシャンプーを髪にからませてしゃかしゃかしてから、しゃわーっと髪と全身を流した。そして、バスタブにとぷんとつかる。
力を抜く、バスタブにくてーっと、身体を預ける。元々ちっこいわたしがさらに縮んだため、バスタブの中で足元を伸ばしきれるようになっていた。
(三十路に入っていたわたしが中学生に戻った……って、わたしもリサイクルされたということなのかもね)
リサイクル湯を両の手の掌に取って眺める。
先程、洗面所で改めて確認した、今のわたしの髪は、茶色がかっていた。そして、肌の方は白くなっていた。小中学校の頃のわたしは日焼けしていることが多かったのに。
肌も髪の毛も、リサイクルされる時に色が薄くなったのかと思えてきた。リサイクル湯は元の水に近い水質を持ってはいるが、元の水と100%同じ水質なわけではなく、飲用には使えない……リサイクルされたわたしも、100%昔に戻っているわけではないのかも。
何よりも、見た目小中学生な今のわたしだけれども、脳には31歳の記憶が詰まったままなわけだし。
再び両の手を湯に戻し、バスタブに身体を預けたわたしは
「それよりも。明日が誕生日なのよね」
と呟く。
今日は2048年3月2日の月曜日。23歳最後の日を会社の柏の葉オフィスで過ごしているはずの、もうひとりの凪沙野穂香《なぎさのほのか》のことをわたしは思った。このまま彼女の部屋にとどまり続けるということは、明日の彼女の誕生日を共に過ごすことになる。
(お祝いしなくちゃいけないかな?)
そう思ったとたん、不意に笑いがこみ上げてきた。
わたしがわたしにお祝い?……メッセージカードになんて書くのかしらね。
『ハッピーバースデー・ナギサノホノカ。』
わたしは、脳内でメッセージを書き始めてみる。
『はや24歳だな。人生の先輩としてありがたいアドバイスを送ってやろう。予言する。今年も、貴女《あなた》に彼氏は見つからないのだぞい』
……脅し文句なメッセージとなってしまった。真実を伝えることではあるのだが。
そして、わたしは大きな問題に気がついてしまった。そもそも、わたしは彼女に何らかのプレゼントを送るためのお金が無いに等しい。たしかにわたしのバッグの中にはカードホルダーが入っている。けれどもそれらのカード内の証書《トラスト》の有効期限は2050年代のものだ。また、仮にカードが使えるとしても、支払いは彼女、すなわち、2048年の凪沙野穂香《なぎさのほのか》の口座に回される。多くの人々と同様に、わたしに現金を持ち歩く習慣はない。プリペイドカードが使えれば、メッセージカードくらい買えるかもしれないが、プレゼントを送るなんて無理だ。
(となると、プレゼントできるのはわたしの身体くらい、とか?)
思わず、苦笑してしまう。
24歳となる 穂香に、わたし(つまり、31歳の 穂香)が、プレゼントするは、中学校に入るか入らないかくらいのわたしの身体……かなりシュールだ。
でも、と逆に、とわたしは思いはじめる。
わたしの31歳の誕生日に、中学生に入ったばかりのわたしがやってきたならばどうか?
(とても、貴重な機会、なのかも)
中1の時、わたしはクラスメートや先輩方を失っている。15年以上も前のことであり、普段の生活でそのことを思い起こすことはほぼないけれども。わたしの心の片隅には、けれども、今もしっかりとそのことが刻み込まれているのだ。
わたしは両の手で自分の胸のところに優しくクロスさせた。
(わたしが、24歳になる 穂香の前に現れることは、きっと彼女にも大きな意味があること、よね)
そう思ったわたしは、バスタブで立ち上がると、両腕を大きく開いて伸びをした。そして、わたしはちゃぱっと立ちあがって、リサイクル湯を流しはじめて、バスルームを出た。
一枚目のバスタオルで身体を拭いたたわたしは、もう一枚の方を身体に巻きつける。そして、今も使っているドライヤーで髪を乾かし始める
ミラーには、相変わらず、ほぼ小中学校のときのわたしの姿が映っている。そして、髪型も、あの頃のショートカット。
髪の乾きが速い。いつもの半分ほどのドライヤーの時間ですむことを知り、わたしはバスルームを出た。
寝室の押入れを開け、右の収納の一番の棚を引っ張った。奥には記憶通りに、『 凪沙野』というゼッケンが縫いつけられた、兄貴のお下がりジャージがあった。
このジャージを秋冬のパジャマ代わりに使っていたのは、小学の高学年の頃。中高の時の寮生活でも私服が少なかったわたしは、休日の部屋着のひとつとしてたまに使っていた。東都理科大に合格し、キャンパスそばの柴又のマンションに住むことになった。寮にあった数少ない荷物をそのまま送ったので、このジャージも東京のはずれにやってきた。
三井ハイケミカルへの就職が決まりインターンを始めた時に、バルコニーから見える公園の緑が気に入って、このマンションに思い切ってて引っ越した。ワンルームから広めの1LDKへの引っ越しなので、他の荷物たちと共に、ジャージもこの部屋の押入れに収納された。
(わたしの脳内的に)それから10年を経て、その『 凪沙野』ジャージが、なぜだか再びわたしにとって年相応な服となった。背伸びしてOL生活している23歳の 穂香のこの部屋では、今のわたしに年相応な服は数少ないはず。
かつてのように、上下の裾をまくりながら、ジャージを着た。そして、バルコニーに出る。7階のバルコニーからは、水元公園を見晴らせる。いつもと同じように落ち着く眺めだった。
部屋に入り、カーテンを閉めた。
最近の日課となっているヨーガをしてみる。この部屋にまだヨガマットはないので、ベッドをマット代わりに。はじめに安楽座のポーズで背を伸ばし、目を瞑る。次いで、右に左に身体を倒す。それからニャンコのポーズ。背筋を伸ばして腰を右に左に捻って戻してといったポーズ。それそそれをゆっくりと繰り返した。
ベッドに横たわり、薄手の布団をかけて、目を瞑る。ヨーガのポーズを夜の日課としているわたしは、凪沙野穂香、31歳。そのアイデンティティを少し取り戻したわたしは、そのまま眠りについた。
通勤ルックを上下とも脱ぎ、通勤カバンとブラと共に、通勤セット用のハンガーにかけた……薄手の上下で出かけて2時間としないうちに戻ってきたから、身体に汗をかいた感じはほとんどないわね。
Tシャツ姿となったわたしは、てとてと歩き、ベッドルームに入る。衣装ケースの下段を開く。バスタオルを2枚取り出し、バスルームへと向かう。今朝方のわたしのお部屋とこの部屋と、いくつものパーツが若返っているけれども、通勤帰りにお風呂に入る動線はわたしの記憶と同じだった。
バスタブには、既にお湯が半分ほど入っていた。
いつもの晩と同じく、少しぬるめ設定のシャワーに足元から浴びていく。シャワーヘッドから出てくるお湯も、バスタブへ給湯されているお湯も、リサイクルモードの温水だ。
このマンションに入居した当初は、入居者全員のお風呂の排水をエコロジカルに再生した後の温水を浴槽に入れるリサイクルモードには、どことなく抵抗を感じたものだ。いくらハイテクなナノフィルターなどによってほぼ完全にクリーンになっているにしても。社会人となってからは、リサイクルモードの温水のお得な価格のありがたみを感じるようになったけれども。
リンスインシャンプーを髪にからませてしゃかしゃかしてから、しゃわーっと髪と全身を流した。そして、バスタブにとぷんとつかる。
力を抜く、バスタブにくてーっと、身体を預ける。元々ちっこいわたしがさらに縮んだため、バスタブの中で足元を伸ばしきれるようになっていた。
(三十路に入っていたわたしが中学生に戻った……って、わたしもリサイクルされたということなのかもね)
リサイクル湯を両の手の掌に取って眺める。
先程、洗面所で改めて確認した、今のわたしの髪は、茶色がかっていた。そして、肌の方は白くなっていた。小中学校の頃のわたしは日焼けしていることが多かったのに。
肌も髪の毛も、リサイクルされる時に色が薄くなったのかと思えてきた。リサイクル湯は元の水に近い水質を持ってはいるが、元の水と100%同じ水質なわけではなく、飲用には使えない……リサイクルされたわたしも、100%昔に戻っているわけではないのかも。
何よりも、見た目小中学生な今のわたしだけれども、脳には31歳の記憶が詰まったままなわけだし。
再び両の手を湯に戻し、バスタブに身体を預けたわたしは
「それよりも。明日が誕生日なのよね」
と呟く。
今日は2048年3月2日の月曜日。23歳最後の日を会社の柏の葉オフィスで過ごしているはずの、もうひとりの凪沙野穂香《なぎさのほのか》のことをわたしは思った。このまま彼女の部屋にとどまり続けるということは、明日の彼女の誕生日を共に過ごすことになる。
(お祝いしなくちゃいけないかな?)
そう思ったとたん、不意に笑いがこみ上げてきた。
わたしがわたしにお祝い?……メッセージカードになんて書くのかしらね。
『ハッピーバースデー・ナギサノホノカ。』
わたしは、脳内でメッセージを書き始めてみる。
『はや24歳だな。人生の先輩としてありがたいアドバイスを送ってやろう。予言する。今年も、貴女《あなた》に彼氏は見つからないのだぞい』
……脅し文句なメッセージとなってしまった。真実を伝えることではあるのだが。
そして、わたしは大きな問題に気がついてしまった。そもそも、わたしは彼女に何らかのプレゼントを送るためのお金が無いに等しい。たしかにわたしのバッグの中にはカードホルダーが入っている。けれどもそれらのカード内の証書《トラスト》の有効期限は2050年代のものだ。また、仮にカードが使えるとしても、支払いは彼女、すなわち、2048年の凪沙野穂香《なぎさのほのか》の口座に回される。多くの人々と同様に、わたしに現金を持ち歩く習慣はない。プリペイドカードが使えれば、メッセージカードくらい買えるかもしれないが、プレゼントを送るなんて無理だ。
(となると、プレゼントできるのはわたしの身体くらい、とか?)
思わず、苦笑してしまう。
24歳となる 穂香に、わたし(つまり、31歳の 穂香)が、プレゼントするは、中学校に入るか入らないかくらいのわたしの身体……かなりシュールだ。
でも、と逆に、とわたしは思いはじめる。
わたしの31歳の誕生日に、中学生に入ったばかりのわたしがやってきたならばどうか?
(とても、貴重な機会、なのかも)
中1の時、わたしはクラスメートや先輩方を失っている。15年以上も前のことであり、普段の生活でそのことを思い起こすことはほぼないけれども。わたしの心の片隅には、けれども、今もしっかりとそのことが刻み込まれているのだ。
わたしは両の手で自分の胸のところに優しくクロスさせた。
(わたしが、24歳になる 穂香の前に現れることは、きっと彼女にも大きな意味があること、よね)
そう思ったわたしは、バスタブで立ち上がると、両腕を大きく開いて伸びをした。そして、わたしはちゃぱっと立ちあがって、リサイクル湯を流しはじめて、バスルームを出た。
一枚目のバスタオルで身体を拭いたたわたしは、もう一枚の方を身体に巻きつける。そして、今も使っているドライヤーで髪を乾かし始める
ミラーには、相変わらず、ほぼ小中学校のときのわたしの姿が映っている。そして、髪型も、あの頃のショートカット。
髪の乾きが速い。いつもの半分ほどのドライヤーの時間ですむことを知り、わたしはバスルームを出た。
寝室の押入れを開け、右の収納の一番の棚を引っ張った。奥には記憶通りに、『 凪沙野』というゼッケンが縫いつけられた、兄貴のお下がりジャージがあった。
このジャージを秋冬のパジャマ代わりに使っていたのは、小学の高学年の頃。中高の時の寮生活でも私服が少なかったわたしは、休日の部屋着のひとつとしてたまに使っていた。東都理科大に合格し、キャンパスそばの柴又のマンションに住むことになった。寮にあった数少ない荷物をそのまま送ったので、このジャージも東京のはずれにやってきた。
三井ハイケミカルへの就職が決まりインターンを始めた時に、バルコニーから見える公園の緑が気に入って、このマンションに思い切ってて引っ越した。ワンルームから広めの1LDKへの引っ越しなので、他の荷物たちと共に、ジャージもこの部屋の押入れに収納された。
(わたしの脳内的に)それから10年を経て、その『 凪沙野』ジャージが、なぜだか再びわたしにとって年相応な服となった。背伸びしてOL生活している23歳の 穂香のこの部屋では、今のわたしに年相応な服は数少ないはず。
かつてのように、上下の裾をまくりながら、ジャージを着た。そして、バルコニーに出る。7階のバルコニーからは、水元公園を見晴らせる。いつもと同じように落ち着く眺めだった。
部屋に入り、カーテンを閉めた。
最近の日課となっているヨーガをしてみる。この部屋にまだヨガマットはないので、ベッドをマット代わりに。はじめに安楽座のポーズで背を伸ばし、目を瞑る。次いで、右に左に身体を倒す。それからニャンコのポーズ。背筋を伸ばして腰を右に左に捻って戻してといったポーズ。それそそれをゆっくりと繰り返した。
ベッドに横たわり、薄手の布団をかけて、目を瞑る。ヨーガのポーズを夜の日課としているわたしは、凪沙野穂香、31歳。そのアイデンティティを少し取り戻したわたしは、そのまま眠りについた。
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