英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

Episode02:This is my wife

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「弱みってあるんですか？」

　真顔で聞いてしまった後に、しまったと慌てて口を噤む。

「は？」

「いや、あの……わ、忘れてください」

「君は私の弱みを知って、何を企むつもりなのですか？」

　完全に会話の投げかけ方を間違えた。

「企むつもりじゃなくて、えっと……何か会話を広げようと思って、間違えました」

　誤魔化しても仕方がないので、正直に答える。

「だとしても、もう少しあるでしょう」

　厳しそうな表情をくしゃっと崩して、ジャンは声をあげて笑った。

　笑うと少しだけ幼い印象になる。

　ああ、冷徹上司も笑うとこんな顔になるんだ。

　なんか、ずるい。

　まだワインも飲んでいないのに、顔が熱くなるのは気のせいだと信じたかった。

　食事を終えて、外に出る。

　真夏も夜になると、幾分か涼しくなる。

　昼間には大地を燃やすような熱さを放っていた灼熱の太陽が姿を隠し、少しだけ生温い風が身体を包んだ。

「美味しかったです。ご馳走様でした」

「それはよかったです」

「仕事、頑張ります」

「そうですか」

　駐車場に向かうまで、ジャンが手を差し出してきたので、その手を取った。

　惚れるもんかと思っていたが、心の中に少しばかりの恋心が芽生えていないと言ったら嘘になる。

　ジャンの中でどういった心境なのかは、萌衣には分からないが、ジャンの中にも萌衣を想う感情があればいいのになとは思う。

「……あの」

「また、弱みを教えろという話ですか？モエ」

　からかうような口調で話すジャン。

「いえ、なんかジャンさんのことあまり知らないなと思って」

　ジャンが歩みを止めて、萌衣を自分の腕の中に入れ抱きしめた。

「これから知ればいい」

　車の走る音と、駐車場の中に車が入った際になるサイレン音が入り混じる。

　混沌とした音が、二人の吐息を掻き消した。

　頬にキスをされ、額にも落とされる。

　されるがままとなり、身動きが取れない。

「あの……」

「今度はなんです？」

「私に仕事をくれたのは、何でですか？」

「……このタイミングで仕事の話とは、いい度胸ですね」

　触れていた頬をつままれて、「ひょっひょ！ひゃひゃひゃへひゅひゃひゃい」と情けない声が出る。

「何を言っているのかさっぱりですね」

　どうやたジャンにとって萌衣はいたく加虐心をくすぐるらしい。

　意地悪い笑みを浮かべた後、ジャンは困ったような表情を浮かべた萌衣の唇にキスをした。

　啄むようなキスを何度もした後「五年」と小さくジャンは呟いた。

「え？」

「モエ。あなたはこの会社に入って、五年も働いているのでしょう」

「はい」

「人のサポートばかりをしているから、目立った結果を得られていないだけで、充分実力はついているはずです」

「……」

「期待していますよ」

　優しく微笑んで、ジャンは言った。

　今まで萌衣に何かを押し付けても、背中を押して成長しろと言ってくれる人はいなかった。

　ただの役立たずではないよと言われた気がして、萌衣は再び「頑張ります」と大きく頷いた。

「ただ、失敗は許されないですからね」

　最後に大きなプレッシャーをかけられて、萌衣はやはりこの男は冷酷上司だと思い直すのだった。