5 / 111
Episode01:You should marry with him
4
しおりを挟む
静まり返ったオフィスに、一人の男が入ってきた。
とっくに帰ったと思っていたはずの、ジャン・ブラウンが険しい表情を浮かべて席についている。
あの冷酷上司も終わらない仕事があるのだろうか。
チラチラと盗み見ていると「こちらを見ている暇があったら、さっさと手を動かしたらどうですか?」と辛辣な言葉が投げかけられる。
「す、すみません」
「私もこの後、あなたと同じ用事が入っています。あなたの終了時間によって、私のスケジュールも大きく変わることを認識していただきたいですね。先方には遅れると伝えておきますが」
そう言って、ジャンはスマートフォンを片手にオフィスを出て行ってしまった。
「うう……。嫌味なやつめ。国へ帰れ……」
キーボードを動かす手を速めながら、萌衣は小さな声で毒づいた。
そもそも、用事があるなら先に帰ればいいものを、わざわざ萌衣が帰るまで待っているなどプレッシャーでしかない。
一分一秒でも早く仕事を終えないと、冷酷上司に何を言われるか分かったものではないと行動した結果、普段だったら一時間はかかる書類を、二十分そこそこで仕上ることができた。
「お待たせしまして大変申し訳ありません。お先に失礼いたします!」
荷物をまとめて、慌ててオフィスを出ようとすると「ミス、シミズ」と背後から声をかけられた。
何かミスでもしていたのだろうかと、慌てて振り返るとジャンも帰る支度を始めていた。
「私も一緒にここを出た方がいいだろう」
一緒に帰ったことなど、一度もないのだが、気でも触れたのだろうか。
急に訳の分からないことを言い始めた上司に困惑したまま、萌衣は一緒に職場を出る。
「君のお祖母様には、先に店に入っていただいている」
まさか、いや、まさかのまさかだ。
胸騒ぎがする。
嘘だと言ってくれ。
困惑している表情を隠しきれていなかったらしい。
「何も聞いていないのか?」
怪訝そうな表情を隠そうともせず、ジャンは萌衣に尋ねた。
「何もとは……」
「何も聞いていないんだな」
まさか、この氷のような上司が、婚約者候補というやつなのだろうか。
恐る恐るジャンの顔を見るが、萌衣は自分が横にいるイギリス人と夫婦生活を営むことなど不可能な気がした。
萌衣の中では、ジャンとの相性に関して夫婦、上司部下に限らず、人間としての相性も最低の位置にいると自覚している。
きっとジャンは、見合いの相手の知り合いか何かなのかもしれない。
知り合いでも充分厄介な状況なのだけれども。
とっくに帰ったと思っていたはずの、ジャン・ブラウンが険しい表情を浮かべて席についている。
あの冷酷上司も終わらない仕事があるのだろうか。
チラチラと盗み見ていると「こちらを見ている暇があったら、さっさと手を動かしたらどうですか?」と辛辣な言葉が投げかけられる。
「す、すみません」
「私もこの後、あなたと同じ用事が入っています。あなたの終了時間によって、私のスケジュールも大きく変わることを認識していただきたいですね。先方には遅れると伝えておきますが」
そう言って、ジャンはスマートフォンを片手にオフィスを出て行ってしまった。
「うう……。嫌味なやつめ。国へ帰れ……」
キーボードを動かす手を速めながら、萌衣は小さな声で毒づいた。
そもそも、用事があるなら先に帰ればいいものを、わざわざ萌衣が帰るまで待っているなどプレッシャーでしかない。
一分一秒でも早く仕事を終えないと、冷酷上司に何を言われるか分かったものではないと行動した結果、普段だったら一時間はかかる書類を、二十分そこそこで仕上ることができた。
「お待たせしまして大変申し訳ありません。お先に失礼いたします!」
荷物をまとめて、慌ててオフィスを出ようとすると「ミス、シミズ」と背後から声をかけられた。
何かミスでもしていたのだろうかと、慌てて振り返るとジャンも帰る支度を始めていた。
「私も一緒にここを出た方がいいだろう」
一緒に帰ったことなど、一度もないのだが、気でも触れたのだろうか。
急に訳の分からないことを言い始めた上司に困惑したまま、萌衣は一緒に職場を出る。
「君のお祖母様には、先に店に入っていただいている」
まさか、いや、まさかのまさかだ。
胸騒ぎがする。
嘘だと言ってくれ。
困惑している表情を隠しきれていなかったらしい。
「何も聞いていないのか?」
怪訝そうな表情を隠そうともせず、ジャンは萌衣に尋ねた。
「何もとは……」
「何も聞いていないんだな」
まさか、この氷のような上司が、婚約者候補というやつなのだろうか。
恐る恐るジャンの顔を見るが、萌衣は自分が横にいるイギリス人と夫婦生活を営むことなど不可能な気がした。
萌衣の中では、ジャンとの相性に関して夫婦、上司部下に限らず、人間としての相性も最低の位置にいると自覚している。
きっとジャンは、見合いの相手の知り合いか何かなのかもしれない。
知り合いでも充分厄介な状況なのだけれども。
1
お気に入りに追加
234
あなたにおすすめの小説

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。


甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる