54 / 57
episode09:奴隷か王族か
5
しおりを挟む王の部屋の前には、兵士が二人立っていた。
彼らの気を引いて、部屋の中へ侵入しなければならない。
ミーナの提案で、シーツの交換だという体裁を装うことになった。
「失礼いたします。シーツの交換に参りました」
「シーツの交換は、この時間ではないはずだ」
兵士はシーツを大量に持っているリーリエ達を見て訝しげな表情を浮かべた。
もう一人の兵士が、手に持っていた剣をするりと抜いて「さっさと持ち場へ戻れ」と脅す。
「ですが、持って来いと頼まれたと指示を受けたのです。もし、何もせず帰ったら、どんな目に合うかあなただったら分かるでしょう?」
ミーナの迫真の演技に「分かった」と兵士は、しばらく考え込んだ承諾した。
「その代わり部屋に入るのは、二人だ。四人は多い。そしてこの扉は開けておけ。そしてすぐに出て来いよ」
「分かりました。では、リサ。こちらへ」
リーリエをミーナは呼んだので、リサ事リーリエは彼女の後に続いて部屋へと入った。
俯いていたので、兵士たちに顔は見えなかった。
部屋の中に入ると、ひどい匂いがした。
「何この匂い」
クスリと香と、身体を何日も洗っていないようなひどい匂いだった。
「お父様……」
リーリエがレオポルド三世のところへ駆け寄ると、レオポルド三世は眠りについていた。
一瞬死んでいるかと思ったが、かろうじて息をしているようだ。
「ミーナ。どうしよう」
「とりあえず窓を開けましょう。この香のせいだと思います」
そう言って、ミーナが部屋の窓を開けようとした時だった。
「おい!勝手に窓を開けるな!」
兵士が大きな声で怒鳴った時「うるさいわね。何事なの?」と背後から一番聞きなれた、そして、聞きたくない声がリーリエの耳に届いた。
***
「モルガナ様!」
「モルガナ王妃!」
兵士たちが次々に頭を下げる。
リーリエ達も続いて、モルガナに頭を下げて顔が見えないようにした。
「シーツの交換の時間ではないはずよ。なぜ、この扉を開けているの?」
「申し訳ございません。シーツの交換の時間ではないと言ったのですが、この者たちが頼まれたと言い張りまして……」
兵士の一人が謝罪の言葉を述べる。
「役立たずはもういいわ。あなたは今日でクビよ、クビ」
「ですが……」
「ノルフはいないの?ノルフ!」
モルガナは、兵士の言葉を無視して、不機嫌そうな口調でノルフの名前を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「この者をクビにしたの、新しい兵士を手配して」
「承知しました」
ノルフは、言い訳を続ける兵士たちをあっという間に追い出してしまった。
モルガナが部屋の中に入って来たことで、部屋の中に緊迫した空気が走る。
「全く。使えない兵士を雇うと困ったものね。ところで、あなた達、誰にシーツを交換しろと言われたの?」
モルガナがこちらを見たので、リーリエは慌てて顔を見られないように俯いた。
「まあ、言ったらその者がクビになるから、言えないってところね。いいわ。今回は見逃してあげる。今回は新人ということで、特別措置よ」
ミーナが、「モルガナ王妃。ご好意に心より感謝いたします」とリーリエを連れて部屋から出そうとした時だった。
モルガナは、つかつかと歩きミーナを押しのけ「なんていう訳ないでしょ。リーリエ姫」とリーリエの髪の毛をぐっと掴んだ。
ミーナがリーリエを守ろうとするが、部屋の中に戻って来たノルフによって動きを封じられてしまう。
「変装が下手ね。こんな使用人の洋服を着たくらいで、長年の付き合いの私たちが見抜けないとでも思ったの?ん?」
髪の毛を鷲掴みにされて、リーリエは抵抗しようと身をよじる。
「お父様に何をしたの?」
「見たら分かるでしょう?病気のあなたの父親をゆっくり休ませているんでしょうが」
「嘘よ!リーリエ様。これは、長時間香りを焚いていれば、ゆっくりと毒が蓄積するお香です!」
ノルフによって動きが封じられているミーナが大きな声で叫んだ。
「分かっているわ。ミーナ」
「おやおや、仲間が出来てよかったじゃないの」
モルガナは真っ赤に塗った爪を、リーリエの頬につきたてた。
「いたっ……」
「ねえ、リーリエ姫。あなたは第四王妃の娘であり、死んだってことになっているって知っていた?」
「……私は死んでなんかいないし、あなたが殺すようにノルフに命じたんでしょう?」
「まあ、そこまで知っているなんて。ちょっとアダブランカ王国へ行ったくらいで、随分と偉そうになったものね。本当、あなたは昔から私が不快になるようなことしかしないわ」
モルガナの言葉に昔だったら傷ついていた。
しかし、いつまでも彼女の言葉に傷つき、怯えているだけでは何も変わらない。
「いいえ。不快なのは、こっちの方よ。モルガナ妃……いいえ、元奴隷のエドナ」
リーリエは、はっきりとした口調で、目の前にいる女に向かって言い放った。
0
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】政略結婚はお断り致します!
かまり
恋愛
公爵令嬢アイリスは、悪い噂が立つ4歳年上のカイル王子との婚約が嫌で逃げ出し、森の奥の小さな山小屋でひっそりと一人暮らしを始めて1年が経っていた。
ある日、そこに見知らぬ男性が傷を追ってやってくる。
その男性は何かよっぽどのことがあったのか記憶を無くしていた…
帰るところもわからないその男性と、1人暮らしが寂しかったアイリスは、その山小屋で共同生活を始め、急速に2人の距離は近づいていく。
一方、幼い頃にアイリスと交わした結婚の約束を胸に抱えたまま、長い間出征に出ることになったカイル王子は、帰ったら結婚しようと思っていたのに、
戦争から戻って婚約の話が決まる直前に、そんな約束をすっかり忘れたアイリスが婚約を嫌がって逃げてしまったと知らされる。
しかし、王子には嫌われている原因となっている噂の誤解を解いて気持ちを伝えられない理由があった。
山小屋の彼とアイリスはどうなるのか…
カイル王子はアイリスの誤解を解いて結婚できるのか…
アイリスは、本当に心から好きだと思える人と結婚することができるのか…
『公爵令嬢』と『王子』が、それぞれ背負わされた宿命から抗い、幸せを勝ち取っていくサクセスラブストーリー。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる