英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

文字の大きさ
上 下
52 / 57
episode09:奴隷か王族か

3

しおりを挟む

「やりましたわね!リーリエ様!」

 小声でメノーラがリーリエに言った。

 しばらく荷馬車が道を進んだところで、アンドレアが「リーリエ様、この先の道を教えていただきたい」と言った。

 リーリエはメノーラに頼んで入れてもらっていた羊皮紙をアンドレアに手渡した。

 荷馬車は街の外れに停めた。

 その場所へ置いておけば、飢えた人々が集まって野菜を持って行くはずだ。

 帰国の際は、クノリス達と合流してしまえば問題ないだろう。

 万が一クノリス達と合流できなければ、この町に戻って馬を買うしかないという作戦だった。

「ですがこれ以上城にこの荷馬車を近づけさせれば、目立ちますからね。手放してしまうのは惜しいが、仕方がない」

 荷馬車を停めると、リーリエとメノーラは荷台から降りた。 

 人気のない裏通りに、馬車を捨てて城を目指す。

 城の裏口に行くと、兵士が立っており、警護をしていた。

 リーリエが出て行った時よりも、城は厳戒態勢を行っているようだ。

「やっぱりあの作戦ですか……」

 少しばかりメノーラが嫌そうに言った。

「温室育ちのお嬢様には難しいですよね。仕方ありません」

 アンドレアがメノーラを挑発すると「そんなことありませんわ!私、温室育ちじゃないことを証明してみせます!」と手のひらを返したように発言を変えた。

「扱いやすい……」

 アンドレアがボソリと呟いたのを、リーリエは聞き逃さなかった。

 向かった先は、下水が流れている川だった。

 人気が全くないトンネルには、人が一人通れるほどの通路がある。

「なんでこんなところを知っているんですか?」

 アンドレアが怪訝そうな表情で言うと「昔、どうしても王宮の人間達から逃げ出したい時にここを発見したんです」とリーリエは答えた。

「今初めて、あなたがアダブランカ王国に来たのはいいことだったんじゃないかと思いましたよ。今初めてね」

 アンドレアは、心底気の毒だといった表情を浮かべた。


***


 匂いのひどい通路を通り、場内へつながる扉の前まで到着した。

 鍵はかかっていなかった。

 こんなところから侵入する人間はいないと高をくくっているのだろう。

「メノーラ。もう場内の地図は頭に入れていますよね?」

「もちろんですわ。完璧に頭に入れています」

「羊皮紙をこちらへ」

 リーリエに言われてメノーラは鞄の中に入っていた羊皮紙を手渡した。

 リーリエは羊皮紙を受け取ると、それをそのまま川へと投げ捨てる。

「何をなさるんですの?」

「こんな物を持っていることが分かれば、即刻捕まります」

 リーリエの言葉に、メノーラは驚いた表情を浮かべた後「分かりましたわ」と答えた。

 城の中に侵入し、使用人たちが使っている洗濯部屋へと侵入する。

 想像しているよりも人気の少ない城内に、不信感を抱かずにはいられなかった。

 洗濯物は予想通りたまっており、三人はそれぞれ使用人の洋服に着替えた。

「まさか、こんな格好を人生ですることになるとは……」

 アンドレアが自分の格好を眺めながら、呟いた。 

 メノーラは、生まれてはじめて使用人が着るような衣服を着たらしく少しだけ浮かれている。

「あなた達!何をそこでしているんだ!」

 金切り声が聞こえたので、三人は驚いて声の主の方を振り返る。

 そこには、使用人頭のキャブリが立っていた。

 キャブリは昔からグランドール王国の城に勤めている。

 勤勉で誰よりも王の言うことを聞く人間だった。

 リーリエのことを覚えていないのか「見かけない顔だな」と訝しげな表情を浮かべている。

「あの。新しく入った者です。ここで待っていればあなたがいらっしゃると聞いておりまして」

「洗濯部屋で待っていろと?」

 アンドレアの言葉にキャブリはさらに訝しげな表情を浮かべた。

「はい。キャシーナという方に言われました」

 少しだけ声を変えて、リーリエが俯きがちに言うと「あのバカ女。またあいつか」とキャブリは苛立ったようにため息をついた。

 キャシーナも昔からグランドール王国で働いている人間だ。

 キャブリとの相性は最悪なので、二人はよくケンカしているのをリーリエは知っていた。

「まあ、いい。お前たち三人こちらへ」

 キャブリは仕事の愚痴を言いながら、城の中を案内して歩く。

 話を要約すると、今年の作物が不作のため、国中で飢饉が起こっていること。

   更には、アダブランカ王国から支払われるはずの資金が支払われておらず、使用人たちの賃金が安いこと。

 そして、リーリエ姫がどうやらアダブランカ王国で暗殺されたらしいこと。

「全くどうなることやら……」

 うんざりした口調でキャブリは扉を開けて「ミナール!ミナールはいないの!」と怒鳴り声をあげた。

   ミナールと呼ばれた使用人は、慌ててキャブリの元へ走って来た。

「いかがいたしましたでしょうか?」

 ミナールの顔を見て、その場にいたキャブリ以外の全員が驚いて言葉を失った。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...