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episode08:隠した嘘と作戦
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ある日の午後、リーリエは初めて部屋を抜け出して、ミーナのいる部屋まで向かった。
何人かの侍女は驚いたようにリーリエのことを見ていたが「ミーナの場所を教えてちょうだい」と言うと戸惑いながらも案内してくれた。
ノックをして返事が返って来たので扉を開けると、ミーナはとても驚いたような表情を浮かべている。
「リーリエ様。どうして」
「あなたのことが心配で、私のせいであなたが酷い目にあってしまったでしょう」
「とんでもございません……!私がへまをしたせいで、リーリエ様をとんでもない目に合わせてしまい……」
ミーナはひどく自分の責任に感じているようだった。
リーリエの火傷の傷は、ラッシュのおかげでそれほど長引かなかった。
医者の見解では、火傷の跡は残らないだろうということだった。
「ミーナのせいじゃないわ」
「いえ、責務を任されたことを全うできないのは、やはりその人間の責任なのです。リーリエ様。本当に申し訳ありませんでした」
ミーナはベッドから起き上がって、腹を抑えそのまま頭を下げた。
「やめて。ミーナ」
そんな姿を見たくて、ミーナの部屋へ行ったわけではなかった。
ミーナは頭を上げなかった。
おそらく、ガルベルやマーロのところへ行っても、同じような反応をされてしまうだろうとリーリエは思った。
リーリエが思っているよりも彼らはリーリエとの付き合いを仕事だと思っており、リーリエが想像しているよりも人を従えるということの責任の重さを痛感した。
このままでは、クノリスは戦争をグランドール王国にしかけてしまうだろう。
止められる人物は、ただ一人だった。
***
ダットーリオは、快くリーリエをかくまってくれた。
「息がつまるだろうな。今のあいつは。復讐や色恋に溺れる人間は、ろくな末路を辿らない」
ダットーリオは、クノリスに呆れているようだった。
「やはり、復讐もですよね……」
「あの男は、グランドール王国に対して人一倍の感情を抱いている男だからな。それに頑固な人間だから、一度決めたことは覆さないだろう。例え、それがどんな結末を迎えようとな」
「止めることはできないのでしょうか?」
「無理だろうな。それに、今回の戦争はイタカリーナ王国も一枚かむことになるだろう」
予想もしていなかった発言に、リーリエは驚いた。
「どうして……?」
「イタカリーナ王国はずっと、奴隷を所有している国の撲滅するためのチャンスを狙っていたからな。私達は、慈善活動でアダブランカ王国に援助をしていたわけではない」
「……」
「君とクノリスの結婚は、未だに反対だが、こうなってしまった以上、君もアダブランカ王国の女王になる人間として、今一度身の振り方を考え直すべきじゃないか?」
「分かっています……でも」
「でも、でも、でも。でもなんだ?リーリエ姫。ずっと幽閉されて、虐待されていた可哀そうなお姫様。誘拐されて殺されそうになって、信頼していた臣下を全て失ったお姫様。同情して欲しいなら、いくらでもしよう。無料だからな」
ダットーリオは、バカにしたように笑っていた。
「……」
「私が、一から十までおんぶに抱っこで助けてくれると思っていたか?甘えるな。お前の国のことだ。お前の夫となる男の問題だ。お前の臣下の問題は、お前の問題だ。私がクノリスに出資したのは、クノリスがアダブランカ王国を変えて、私の目標にメリットがあるからだ。いつまで力のない人間のふりをするつもりだ。王族なら人を見極めて、利用しろ」
ダットーリオの言葉で、リーリエはモルガナの日記のことを思い出した。
「すいません……私」
「リーリエ姫。違うんだよ。今君が私に言うべき言葉はそんな言葉じゃない」
部屋から出て行くリーリエを、ダットーリオは追いかけては来なかった。
ダットーリオの厳しい言葉は間違っていない。
むしろ、王族として生きていくのであれば、当然のことだった。
リーリエは、自分が王族であるという自覚が足りていなかったのだ。
ダットーリオは、王族としてリーリエが毅然と立ち振る舞えるようにと、あえて厳しい言葉をかけてくれている。
モルガナに植え込まれた恐怖がリーリエの中にはびこっていて、勇敢に立ち向かえない。
部屋に戻ると厳しい表情をしたクノリスがリーリエのことを待っていた。
「どこへ行っていたんだ?」
「……私」
「もうこれ以上、心配をかけるな」
「戦争をするというのは、本当ですか?」
リーリエの言葉にクノリスは「まだ決まった話ではない」と素っ気なく答えた。
アンドレアやダットーリオの言っていた通り、クノリスは戦争をグランドール王国と始めるつもりなのだと、リーリエはおののいた。
「戦争をしたら、どうなりますか?」
「どうなるというのは?」
「グランドール王国の民や、アダブランカ王国の民は?」
「……」
クノリスは答えなかった。
言わずとも、悲惨な状況になることは、クノリス自身も理解しているのだ。
リーリエも一緒になって黙り込んでいると、クノリスは小さな声で「すまない」と言った。
「でも……他に方法は……」
「本当に話し合いで通じる相手か?送った使者は未だにアダブランカ王国に帰って来ていない。君も殺されそうになった。充分に、武力によって脅しをかけてもいい頃だ」
まだ決まった話ではないと言いつつも、クノリスの中では決まっていることのようだった。
「でも反対派の意見が多いって……」
「俺がこの国の王だ。最終的な決定権は俺が決める」
クノリスはそれだけ言うと「君は、この部屋にいてくれ」とリーリエを残して部屋を出て行った。
何人かの侍女は驚いたようにリーリエのことを見ていたが「ミーナの場所を教えてちょうだい」と言うと戸惑いながらも案内してくれた。
ノックをして返事が返って来たので扉を開けると、ミーナはとても驚いたような表情を浮かべている。
「リーリエ様。どうして」
「あなたのことが心配で、私のせいであなたが酷い目にあってしまったでしょう」
「とんでもございません……!私がへまをしたせいで、リーリエ様をとんでもない目に合わせてしまい……」
ミーナはひどく自分の責任に感じているようだった。
リーリエの火傷の傷は、ラッシュのおかげでそれほど長引かなかった。
医者の見解では、火傷の跡は残らないだろうということだった。
「ミーナのせいじゃないわ」
「いえ、責務を任されたことを全うできないのは、やはりその人間の責任なのです。リーリエ様。本当に申し訳ありませんでした」
ミーナはベッドから起き上がって、腹を抑えそのまま頭を下げた。
「やめて。ミーナ」
そんな姿を見たくて、ミーナの部屋へ行ったわけではなかった。
ミーナは頭を上げなかった。
おそらく、ガルベルやマーロのところへ行っても、同じような反応をされてしまうだろうとリーリエは思った。
リーリエが思っているよりも彼らはリーリエとの付き合いを仕事だと思っており、リーリエが想像しているよりも人を従えるということの責任の重さを痛感した。
このままでは、クノリスは戦争をグランドール王国にしかけてしまうだろう。
止められる人物は、ただ一人だった。
***
ダットーリオは、快くリーリエをかくまってくれた。
「息がつまるだろうな。今のあいつは。復讐や色恋に溺れる人間は、ろくな末路を辿らない」
ダットーリオは、クノリスに呆れているようだった。
「やはり、復讐もですよね……」
「あの男は、グランドール王国に対して人一倍の感情を抱いている男だからな。それに頑固な人間だから、一度決めたことは覆さないだろう。例え、それがどんな結末を迎えようとな」
「止めることはできないのでしょうか?」
「無理だろうな。それに、今回の戦争はイタカリーナ王国も一枚かむことになるだろう」
予想もしていなかった発言に、リーリエは驚いた。
「どうして……?」
「イタカリーナ王国はずっと、奴隷を所有している国の撲滅するためのチャンスを狙っていたからな。私達は、慈善活動でアダブランカ王国に援助をしていたわけではない」
「……」
「君とクノリスの結婚は、未だに反対だが、こうなってしまった以上、君もアダブランカ王国の女王になる人間として、今一度身の振り方を考え直すべきじゃないか?」
「分かっています……でも」
「でも、でも、でも。でもなんだ?リーリエ姫。ずっと幽閉されて、虐待されていた可哀そうなお姫様。誘拐されて殺されそうになって、信頼していた臣下を全て失ったお姫様。同情して欲しいなら、いくらでもしよう。無料だからな」
ダットーリオは、バカにしたように笑っていた。
「……」
「私が、一から十までおんぶに抱っこで助けてくれると思っていたか?甘えるな。お前の国のことだ。お前の夫となる男の問題だ。お前の臣下の問題は、お前の問題だ。私がクノリスに出資したのは、クノリスがアダブランカ王国を変えて、私の目標にメリットがあるからだ。いつまで力のない人間のふりをするつもりだ。王族なら人を見極めて、利用しろ」
ダットーリオの言葉で、リーリエはモルガナの日記のことを思い出した。
「すいません……私」
「リーリエ姫。違うんだよ。今君が私に言うべき言葉はそんな言葉じゃない」
部屋から出て行くリーリエを、ダットーリオは追いかけては来なかった。
ダットーリオの厳しい言葉は間違っていない。
むしろ、王族として生きていくのであれば、当然のことだった。
リーリエは、自分が王族であるという自覚が足りていなかったのだ。
ダットーリオは、王族としてリーリエが毅然と立ち振る舞えるようにと、あえて厳しい言葉をかけてくれている。
モルガナに植え込まれた恐怖がリーリエの中にはびこっていて、勇敢に立ち向かえない。
部屋に戻ると厳しい表情をしたクノリスがリーリエのことを待っていた。
「どこへ行っていたんだ?」
「……私」
「もうこれ以上、心配をかけるな」
「戦争をするというのは、本当ですか?」
リーリエの言葉にクノリスは「まだ決まった話ではない」と素っ気なく答えた。
アンドレアやダットーリオの言っていた通り、クノリスは戦争をグランドール王国と始めるつもりなのだと、リーリエはおののいた。
「戦争をしたら、どうなりますか?」
「どうなるというのは?」
「グランドール王国の民や、アダブランカ王国の民は?」
「……」
クノリスは答えなかった。
言わずとも、悲惨な状況になることは、クノリス自身も理解しているのだ。
リーリエも一緒になって黙り込んでいると、クノリスは小さな声で「すまない」と言った。
「でも……他に方法は……」
「本当に話し合いで通じる相手か?送った使者は未だにアダブランカ王国に帰って来ていない。君も殺されそうになった。充分に、武力によって脅しをかけてもいい頃だ」
まだ決まった話ではないと言いつつも、クノリスの中では決まっていることのようだった。
「でも反対派の意見が多いって……」
「俺がこの国の王だ。最終的な決定権は俺が決める」
クノリスはそれだけ言うと「君は、この部屋にいてくれ」とリーリエを残して部屋を出て行った。
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