英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

文字の大きさ
上 下
42 / 57
episode07:孤独な花嫁

4

しおりを挟む

「豪華なドレスはないが、娘が残したドレスがあったから、少し動けるならそれに着替えなさい」

「娘?」

「私のお母さん。私を産んで死んじゃったの」

 いつの間に戻って来ていたのか、ラッシュの孫娘がリーリエのベッドの傍に座っていた。

「……そうなのね」

「前王時代の時に、ひどい圧迫をここらの地域は受けてな……その日食べるのもやっとのことだったんじゃ……。この子が生まれるころにはクノリス様が全土を統治してくださって」

 国民からクノリスのことを聞くのは初めてだった。

「クノリス王はいい王ですか?」

「いい王だな。確実に前王に比べたら」

 はっきりと言い切るラッシュに、リーリエは「それはよかったです」と優しく微笑んだ。

「ところで、あんたは何者なんだ?王宮で働いているにしては、随分と小汚い格好をしていたが」

「あの……私は」

 隣国から女王になるために嫁いできた姫と身分を明かしてしまってもいいのだろうか。

 リーリエが悩んでいた時だった。

 馬の蹄の音と、馬車の音、人々の話し声が家の外から聞こえて、リーリエは身構えた。

 ノルフ達が戻って来たと思ったのだ。

 ノックの音が聞こえて、ラッシュは孫娘をリーリエが寝ているベッドの裏に隠した。

「何の用だ?」

 ラッシュが低い声を出した。

「王宮の者だ。開けてもらおう」

 威圧するような声色だったので、ラッシュは一瞬怯んだが「証拠を見せろ」と応戦した。

「じっちゃん、大丈夫かな……」

 孫娘が心配そうに頭を上げて様子を見ようとしたので、リーリエは「隠れていようね」と囁いた。

「ラッシュじいさん!俺だよ!グラムだよ!この人らは王宮の人だ!」

 ドアの外から、ラッシュの聞き覚えのある声が聞こえたらしい。

 ラッシュは「分かった」と扉を開けた途端、部屋の中にものすごい剣幕でクノリスが乗り込んで来た。

 クノリスはリーリエの姿を見つけると、驚いているラッシュを無視してリーリエのところへ駆け寄った。



***


「無事か……」

 人目もはばからず、クノリスはリーリエを抱きしめる。

「無事です」

 クノリスに抱きしめられた瞬間、張り詰めていた気持ちが緩み、瞳から涙がこぼれてきた。

 あまりにクノリスが強く抱きしめるので、やけどをした箇所が痛み「あの……痛いです」とリーリエは少しだけクノリスから距離を取った。

 クノリスは、リーリエの傷を見た瞬間、傷ついたような表情を浮かべた後、ものすごい形相で怒りをあらわにした。

「誰がやった?」

 見たこともないほどクノリスが怒っているので、リーリエは驚いた。

「おじさん、こわい……」

 ベッドの脇で二人のやり取りを見ていた、ラッシュの孫娘が泣きそうな声で言ったことで、クノリスは我に返ったようだ。

「こら!マッシュ。何と言うことを!」

 クノリスが位の高い人間だと分かっているラッシュは、慌てて自分の孫娘、マッシュを回収し、クノリスに頭を下げた。

「大変申し訳ございません。まだ年端もいかない娘でございます。どうぞお許しを……」

「こちらこそ、取り乱してしまって、申し訳なかった。彼女を保護していただきまして、ありがとうございます。あなた方には存分に褒美を取らせます」

「とんでもございません!私はたまたま遭遇しただけでして」

 今にも地面につきそうなほど、頭を下げてラッシュは首を横に振る。

「クノリス様。リーリエ様。馬車の準備が出来ましたのでそろそろ」

 一人の兵士が、家の中に入って来て頭を下げた。

「え……まさか……あなたは……」

 さっきまで「お前さん」と呼んでいたラッシュの顔が真っ青になった。

「彼女は、リーリエ姫。グランドール王国の姫君であり、私の妻、そしてこの国の女王になる女性だ」

「お姉ちゃんお姫様だったの?ドレスを何で着てないの?」

 クノリスの説明に、マッシュが怪訝そうな表情で見ている。

 確かにお姫様ときたら、ドレスというイメージなのだろう。

「こら!マッシュ!」

 ラッシュの叱る声が、小屋の中に響き渡った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...