37 / 57
episode06:非情な来訪者
5
しおりを挟む結婚式のドレスが出来上り、最終的な試着をするために仕立屋が到着した時、部屋の中にはミーナとリーリエの二人だけだった。
見張りをしてくれているガルベルやマーロも、花嫁のドレスを見せるわけにはいかないので、昼食に行くようお願いをしてある。
ダットーリオも同じように気を使って、図書館で書物を読んでいるはずだ。
最初にリーリエが疑問を抱いたのは、いつも読んでいる仕立屋ではなく、風邪を引いたとのことで仕立屋の妻が城へやって来たことだった。
しかし、身分証明書もしっかりしていたようで、仕立屋の妻はメイドに案内されてリーリエの部屋の中へやって来た。
「結婚式のドレスの最終チェックに参りました」
トランクの中から出された、真っ白なウェディングドレスを見て、リーリエもミーナも感嘆の声を上げた。
白く、シフォン素材がふわふわと揺れるスカート。
ウェストはしっかり引き締まっており、胸元にはいくつものダイヤモンドが輝いていた。
「お召替えをいたしましよう」
仕立屋の妻が、アナと名乗った時だった。
アナは、鞄の中からナイフを取り出して、傍に立っていたミーナの腹を突き刺した。
あまりに突然のことだったので、ミーナは反応が遅れ腹を抑えてうずくまった。
「ミー……!」
ミーナと叫ぼうとした瞬間、アナは耳もとで「大きな声を出したら、お前もこいつも殺す」と囁いた。
一体何が起こったのか分からず、リーリエは混乱したが、言うことを聞いた方がよさそうだとリーリエは判断した。
「大人しくしていろ。そこを動くな」
アナに指示をされて、リーリエは動かずに立ち止まっている。
その間に、アナはミーナを縛り上げてクローゼットの中へと隠した。
床に付着した血痕は、リーリエが着るはずだったドレスで拭われてミーナの上にかけられる。
「主人が着るはずのドレスをこんなに汚して、なんという従者だよ」
アナは楽しそうに笑った後、トランクの中から、アナが来ている衣装と全く同じ物を取り出して、リーリエに着替えるよう指示をした。
「どうして?」
「どうしてもこうしてもないんだよ。早く着替えな」
ナイフを喉元にさされて、リーリエは怯えながらも着替えた。
着替えが終わると、アナはリーリエが脱いだドレスをクローゼットの中へ入れ、クローゼットの中にある宝石類をトランクの中へと入れた。
「こんな贅沢ばかりしやがって、これだから王族は」
***
リーリエはクノリスの計らいによって、ほとんどを部屋の中で過ごしているので、城の中でリーリエの顔を知っているのはごく一部の人間のみだ。
不幸にも、アナに連れられて歩いているのは、リーリエの顔をほとんど知らない人間ばかりだった。
アナを部屋に案内したメイドが「こっちだよ」とアナを案内する。
城の中に共謀者がいたとはと声を上げようとするが、背中にナイフをあてられているのでリーリエは声をあげることができなかった。
洗濯部屋の中を通り、古びた木の扉がついている裏口までメイドが案内をするとアナはポケットの中から金の入っている袋を取り出してメイドに手渡した。
メイドはそれを受け取ると「重病の母がいるのよ。許してね。お姫様」と笑った。
戸惑うリーリエにアナは「早く歩け」と背中をナイフで押した。
アナは、城から離れ人通りの激しい道へ出るとナイフをしまい、リーリエの洋服を掴んだ。
「いいか。逃げようとなんて思うなよ」
「あなたは誰?」
リーリエが尋ねても、アナは答えず無視を決め込んだ。
人通りが少なくなった裏通りに、馬車が一台止まっている。
地味な馬車だった。
「乗れ」
アナに言われて、リーリエは馬車に乗った。
逃げるチャンスはここが最後だが、背後にまたナイフを突きつけられてしまったので逃げられはしなかった。
「ご苦労だった」
馬車の中には、男が何人か乗っていた。
その中には、見覚えのある顔の男をリーリエは見つけた。
「お久しぶりですね。リーリエ様」
その男は、継母の腹心の部下であるノルフという男だった。
「ノルフ……なぜあなたが?」
「モルガナ様の御用達により、リーリエ様。あなたをグランドール王国へ連れ戻すようにと」
「でも、私は」
「モルガナ様は、クノリス王が金を支払っていないと仰っております。あなたは金銭によってアダブランカ王国に売られたお方だが、支払いがないのであれば、商品を回収するまででございます」
「クノリス王は、金を送金したと言っていたわ」
悪あがきだと分かっていても、リーリエは言わずにはいられなかった。
ノルフは、目じりの皺を浮かべて微笑んだ。
「随分と、アダブランカの国王にご執心なさっているようですね。これは、モルガナ様によい土産話が出来たではございませんか」
何を言っても通じないことを、なぜ忘れていたのだろう。
リーリエは、グランドール王国にいたことを思い出して、絶望した。
またあの生活に戻るのか。
「出発しろ」というノルフの一言で馬車は出発した。
0
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる