英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

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episode06:非情な来訪者

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 湯あみを終えて、自分の部屋に戻ろうとするとクノリスに引きとめられた。

「こちらへ来なさい」

「でも……」

「君の国がしたことと、俺と君が一緒に過ごす「ことは別問題と考えて欲しいのだが」

 クノリスの言葉に幾分か気持ちがホッとしたものの、自分の国というだけではなく、親がそのような仕打ちをクノリスに続けていることが、恥ずかしくてたまらなかった。

 あの古びた匂いのきつい黄ばんだドレスから始まり、あまりに常識知らずで非道な仕打ちの上に、アダブランカ王国に金をせびるような真似まで初めて、あまりにみっともない。

「分かっています……」

 力なくリーリエが答えると、クノリスはリーリエの手を取って、自分の部屋へと引っ張った。

「何度も言う。君と、君の国の行動は別問題だ」

 クノリスの言葉に頷きつつも、リーリエは自分自身では何もできないことを痛感していた。

 この国に来た当初は、何か問題があれば逃げてしまえばいいと、リーリエは思っていたようなところがあったが、今はクノリスの傍にいたいと思い始めていた。

「こちらへ来なさい」

 クノリスの優しい言葉につられるようにして、リーリエは彼の胸に顔を埋めた。

「私に何かできることがあったら、なんでもします」

「君は俺の傍にいてくれればそれでいい。使者で問題が解決しないようなら、実際にあの国へ行って交渉するさ」

「グランドールへ行くつもりなの?」

 抱きしめられていた腕を振りほどいて、リーリエはクノリスを信じられないといった表情で見た。

 クノリスはリーリエの言いたいことが分かっているようだった。

「服の中さえ見られなければ問題はない」

「もし、当時のあなたを覚えている人がいたら?」

「一番近くで俺の顔を見て、覚えていなかった人間が目の前にいるというのに?」

 クノリスは皮肉めいた口調で、リーリエをからかった。

「それは……私、あの頃の記憶を消したくて……」

「君にとっても俺にとってもいい記憶ではないからな」

「でも、危ないわ。宮廷の中には覚えている人もいるかもしれない」

 クノリスが元グランドール王国の奴隷だとバレれば、一国の王だとしても捕らえられて処刑されてしまうだろう。

 グランドール王国の中では、生まれ持った身分というのはそれほどまでに絶対なのだ。

「使者で問題が解決しないようならって話だ。まだ行くとも決まったわけではないから安心しなさい」

 クノリスのなだめる声を聞きながらも、リーリエは不安をぬぐい去ることが出来なかった。


***


 クノリスが宮中で立ち回っている中、リーリエは気が進んでいなかったが、中で婚儀の儀式の準備や、結婚式のドレスの採寸など、やることはたくさんあった。 

 リーリエに宮中で被害が及ばないよう、クノリスが騎士団のボディーガードを増やしてくれたので、特に過ごすことに問題はなかった。

 しかし、城の中にいる人間の誰が結婚反対派の人間なのか気になってしまい、グランドール王国がアダブランカ王国に金をせびっていると、一体何人の人間が知っているのだろうと気になって仕方がなかった。

「リーリエ姫。君はあれだね。圧倒的に自信がない」

 昼食を取っている際に、ダットーリオが言い放った。

「そうかもしれません……」

「君の人生の背景を全て知っている訳ではないけれど、王継承問題などで幽閉されたりひどい扱いを受けたりしている王族というのは、よくある話だ」

「そうなんですね……」

「そういうところだよ。私が、君を陥れようとしたら、まずその自信のなさから懐柔して、やりたい放題やるね。王族なんてのは、厚かましいくらいが充分なんだよ。クノリスだって一種の傲慢さがあるから王様をやっていけるんだ。私だってそうだ。人の上に立つ人間は、傲慢さを持って人を支配しなければならない」

 ダットーリオの言っていることは理解できる。

 悩んでばかりの国のリーダーに誰が付いていきたいと思うだろうか。

「君の祖国がどうしようと、君は君だ。君がこの国で貢献できることをまず考えるべきだろう」

「私に出来ることですか……?」

 ダットーリオはサンドイッチを頬張ると、ミーナに熱いお茶のお替りを求めた。

 ミーナは淹れたてのお茶をダットーリオに差し出し「リーリエ様。あまりご無理なさらないように」と心配そうな表情で見た。

「ミーナ君。あまり君の主人を甘やかさないように。彼女には、女王としての躾ではなく飼い犬としての躾をした人物がいるようだからね。ここで飼い犬から支配する人間に成長してもらわないと、アダブランカ王国だけでなく、イタカリーナ王国までにも被害が及ぶ」

 あまりにひどい言われようだが、飼い犬とはよく言い得たものだった。

 継母であるモルガナがリーリエにした行為は、人間に対する躾ではなかった。

「どう変わるかは、自分の考え方次第だ。君はどうしたい?」

 昼食が終わっても、リーリエの頭の中には、ダットーリオの言葉がずっと残っているのだった。
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