英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

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episode05:隣国の王 ダットーリオ

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 婚儀の儀式まで残り二週間となった。

 満月の夜に誓いの儀式を遂げれば、リーリエは正式にアダブランカ王国の女王となる。

 クノリスとは舞踏会以来、顔を合わせていない。

 いつもは一緒に取っていた朝食の時間も、一人で取っている。

 真夜中になると、湯あみをしているクノリスの音が聞こえてきて、リーリエはクノリスの背中に生々しく残った刻印の跡を思い出す。

 なぜリーリエの顔を知っていたのか。
 なぜリーリエを選んだのか。

 気になっていたことが全て、分かったというのにリーリエの頭はスッキリしない。

 クノリスはミーナに聞かずとも、リーリエの扱いを知っていたのだ。

 グランドール王国の王に反逆した妃の娘がどういうことになるかなど、グランドール王国の国民であれば、奴隷であればなおさら知っているはずだ。

 あの時、どういうことになるか知らなかったのは、リーリエだけ。

 人間は平等であるべきだ。
 正しいことだとは思うが、それを主張できるのは、相当に強い人間か、本当の差別を知らない人間だけだ。

「リーリエ様?」

 メノーラに声をかけられて、ハッと顔を上げる。
 今は授業中だったのだ。

「ごめんなさい。メノーラ。私……」

「もしかして……」

 メノーラが顔を真っ青にして、リーリエを見ている。
 まさか、メノーラもクノリスが元奴隷だったということを知っているのだろうか。
 リーリエは、不安に思ってメノーラを見たが、杞憂に終わった。

 なぜなら、メノーラが全く見当違いのことを言ってきたからだ。

「もしかして、二週間前のお茶会の件をまだお許しくださらなくて……私は、とうとうクビになるのですね。そうですわよね。だって、次期女王の顔に泥を塗ったんですもの……!」

「違うの。違うわ。メノーラ」

「ああ……神よ。時を過去に戻すことが出来るのであれば、あのたれ目で、八重歯の男を無視するようにと過去の私に忠告出来る力をお授けください」

 リーリエが今すぐ身投げしろと命じれば、窓から飛び降りそうな勢いのメノーラに、リーリエは「だから大丈夫よ!」と少し大きめの声を出した。

「申し訳ございません……!取り乱してしまいましたわ。これで、先日色々ご迷惑をおかけしたというのに、私ときましたら、全く学習能力がなくて………」

「私の方こそ、大きな声を出してしまって……」

「何かございましたのですか?」

 メノーラが心配そうな表情を浮かべて、リーリエを見ている。

「いえ……何でもないわ。授業を続けてください」

 リーリエが笑みを浮かべて答えると、メノーラは心配そうな表情を浮かべながらも、授業を再開した。


***


 婚儀の儀式のためにメノーラと司祭から手順を習っている時だった。

 儀式の間の扉が突然開かれて、一人の男が中へ入ってくる。

 呆気にとられているリーリエをよそに、男はズカズカとリーリエの方へ近づいてきて「あなたがグランドールの姫君か?」と不躾に尋ねてきた。

「そうです・・・・・・が」

 戸惑いながら答えると、まるで値踏みするかのように男はリーリエを上から下まで隅々と眺める。

 なんと失礼な男だろうと思っていると、司祭が思い出したように「ダットーリオ殿下!まさかあなたがアダブランカにいらしているだなんて!」と突然頭を下げた。

 名前を聞いたメノーラも慌てて頭を下げる。

 ダットーリオとは、アダブランカ王国の隣国であるイタカリーナ王国の皇太子殿下ではなかっただろうか。

 メノーラの授業では、今一番権力を持っており、時期国王は彼に決定しているようなものだということだ。

 そのダットーリオ殿下がなぜ、アダブランカ王国の儀式の間で時期女王であるリーリエを値踏みしているのだろう。

「単刀直入に言おう。私は、この結婚に反対だ」

 ダットーリオがリーリエにはっきりと意見を述べた時だった。

 バンっ!と扉が勢いよく開き、息を切らしたクノリスが儀式の間に入ってくる。

 一瞬だけクノリスとリーリエは目が合ったが、クノリスの方が先に目をそらしてしまった。

「静粛に・・・・・・!」

 司祭が遠慮がちに注意をするが、国王は意見など聞いてはいないようだ。

「ダットーリオ。どういうつもりだ」

「おやおや、国王になった瞬間に、君はずいぶんと偉そうな態度だね。私は、君の花嫁が決まったこと、しかもグランドール王国の人間だということを、最近はじめて知ったのだが?」

「婚姻関係にまで口を出されるつもりはない」

「イタカリーナ王国がその気になれば、彼女などすぐに追い返すことができるんだぞ。クノリス王」

「それは俺が許さない」

「ふむ。それは、アダブランカ王国がイタカリーナ王国に宣戦布告と受け取ってもいいということかな?」

 ただならぬ雰囲気に、全員が固唾を飲むしかなかった。
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