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episode03:王都トスカニーニ
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「本日は、アダブランカ王国の歴史についての授業になりますけれど、基本知識はどのくらい入っておりまして?」
分厚い「アダブランカ王国の歴史」と書かれた書籍を、先程まで朝食が置かれていた机の上に置いて、メノーラは眼鏡をくいっと押し上げた。
「クノリス王が、前王の王政を討伐し新しい国を作ったことは知っております。グランドール王国でも随分と話題になりましたから」
「基本中の基本は抑えているってことですわね。腕がなりますわ」
どうやら、メノーラの期待した答えではなかったようだ。
「お手数をおかけします」
「とんでもございませんわ。私の役割は、リーリエ様を立派な第一王妃にすることですもの。クノリス王より頂きましたこの使命を私は立派にやり遂げてみますわ!」
部屋の温度がまた一度上がったような気がしたが、リーリエは黙って微笑んだ。
彼女を刺激すると先日のように話が脱線してしまうと思ったからだ。
メノーラは、自分の鞄の中から文字の書かれた羊皮紙を取り出して、リーリエに差し出した。
そこには、細かい文字でびっちりと、歴代の王の名前と王朝名が記載されている。
横でミーナが小さな声で「うわっ……」と声をあげた。
「ご覧の通り、ここ百年のアダブランカ王国の王の名前と王朝が記載されておりますの。アダブランカ王国は元々、隣国のイタカリーナ王国と一つだったのですが、ここ数十年の間に王家が分裂し、アダブランカ王国になりましたのよ。特に、こちらのザーツバルム王は愚王と呼ばれておりまして、奴隷制度を取り入れたのも彼ですのよ。これによって、王朝は内部分裂。王座の取り合いが始まりましたの」
メノーラに差し出された地図に目を落 メモを取る暇もなく、メノーラが早口で話を進めていくので、リーリエは必死に耳を傾けた。
とす。
イタカリーナ王国は、水の都と呼ばれており、土地のほとんどが運河に囲まれている。
アダブランカ王国と元々一つだったということは、知らない事実だった。
「話は変わりまして、平地の広がるアダブランカ王国では、主に農業と酪農が中心となっておりまして、近隣諸国の中でも農作物の生産率は第一位を誇っておりますの。海も近くにありますので、王都では、毎朝市場に新鮮な野菜や果物の他に、魚介類も並んでおりますのよ。王宮でも、季節によってたくさんの種類の食事が出されると思いますが、そういった理由によって届けられております」
休憩もほんとど取らず、メノーラは話を続けた。
時々「質問はあります?」とリーリエに話を振るのだが、質問を投げかけると想像の倍以上の解答が返ってくるので、最後は「大丈夫です」と答えざるを得なかった。
「メノーラ様。昼食のお時間を随分と過ぎております」
見かねたミーナが、メノーラに声をかけなかったら、食事をリーリエは取り損ねることになっただろう。
***
「最近はどうだ?随分とやつれたように感じるが」
メノーラの授業がスタートして、随分とクノリスに会うことがリーリエは久しぶりに感じた。
久しぶりといっても、まだ数日しか経っていないのだが。
「おかげ様で知識の海に潜りこんだ気分です」
「それは、期待の出来そうな返事だな」
先日のやり取りから、クノリスはリーリエに触れて来なくなった。
膝の上に乗せることもなくなり、一定の距離を取っているように感じる。
結婚の儀式が終わるまでは触れるなと言ったのは、リーリエなのだから、寂しいなど感じているはずはないと、リーリエは首を横に振った。
「聞いていたか?お姫様」
クノリスに尋ねられて、リーリエは我に返った。
「えっと……ええ。もちろんよ」
「君が軍隊に入って遠征に行くって話だが」
「え?」
とんでもない話題を出されて、リーリエは驚いた。
アダブランカ王国の軍に入って遠征だなんて、無理に決まっている。
「冗談だよ。やっぱり聞いていなかったじゃないか。未来の夫と一緒にいるというのに、上の空というのは些か寂しいものだな」
「すみません……」
「君に、一緒に城下町へ行かないか?というデートのお誘いをしていたのだが、どうだろうか」
「城下町ですか?」
「話を聞くに、グランドール王国でも、ここに来てからもずっと鳥籠の中に入りっぱなしだろう?国の紹介も兼ねて、一度街をみておくのも悪くないと思ってね」
クノリスが柔らかく微笑んだ瞬間、リーリエの胸の奥がドキッと高鳴った。
どうして、優しく微笑まれて心臓がドキドキと鼓動が鳴っているのか分からない。
テーブルの上に無造作に置かれているクノリスの手に、触れたくなった。
彼の大きな手をぎゅっと握りしめて、近くにいたい。
異性に対してそういった感情を抱いたことが一度もなかったリーリエは、自分の考えたことに戸惑った。
婚姻も結んでいない男に触れたいなんて、はしたない女。所詮あの女の娘ってところね。
継母のモルガナはきっとリーリエに対して言うだろう。
自分に対してひどい扱いをした女の言うことなんて、無視すればいいのだが、リーリエの頭の中に継母の言葉が蘇る。
「返事をくれないだろうか?」
クノリスの言葉に「ええ。もちろんです」とリーリエは自分の考えていたことが、クノリスに伝わらないように、わざと業務的に答えた。
分厚い「アダブランカ王国の歴史」と書かれた書籍を、先程まで朝食が置かれていた机の上に置いて、メノーラは眼鏡をくいっと押し上げた。
「クノリス王が、前王の王政を討伐し新しい国を作ったことは知っております。グランドール王国でも随分と話題になりましたから」
「基本中の基本は抑えているってことですわね。腕がなりますわ」
どうやら、メノーラの期待した答えではなかったようだ。
「お手数をおかけします」
「とんでもございませんわ。私の役割は、リーリエ様を立派な第一王妃にすることですもの。クノリス王より頂きましたこの使命を私は立派にやり遂げてみますわ!」
部屋の温度がまた一度上がったような気がしたが、リーリエは黙って微笑んだ。
彼女を刺激すると先日のように話が脱線してしまうと思ったからだ。
メノーラは、自分の鞄の中から文字の書かれた羊皮紙を取り出して、リーリエに差し出した。
そこには、細かい文字でびっちりと、歴代の王の名前と王朝名が記載されている。
横でミーナが小さな声で「うわっ……」と声をあげた。
「ご覧の通り、ここ百年のアダブランカ王国の王の名前と王朝が記載されておりますの。アダブランカ王国は元々、隣国のイタカリーナ王国と一つだったのですが、ここ数十年の間に王家が分裂し、アダブランカ王国になりましたのよ。特に、こちらのザーツバルム王は愚王と呼ばれておりまして、奴隷制度を取り入れたのも彼ですのよ。これによって、王朝は内部分裂。王座の取り合いが始まりましたの」
メノーラに差し出された地図に目を落 メモを取る暇もなく、メノーラが早口で話を進めていくので、リーリエは必死に耳を傾けた。
とす。
イタカリーナ王国は、水の都と呼ばれており、土地のほとんどが運河に囲まれている。
アダブランカ王国と元々一つだったということは、知らない事実だった。
「話は変わりまして、平地の広がるアダブランカ王国では、主に農業と酪農が中心となっておりまして、近隣諸国の中でも農作物の生産率は第一位を誇っておりますの。海も近くにありますので、王都では、毎朝市場に新鮮な野菜や果物の他に、魚介類も並んでおりますのよ。王宮でも、季節によってたくさんの種類の食事が出されると思いますが、そういった理由によって届けられております」
休憩もほんとど取らず、メノーラは話を続けた。
時々「質問はあります?」とリーリエに話を振るのだが、質問を投げかけると想像の倍以上の解答が返ってくるので、最後は「大丈夫です」と答えざるを得なかった。
「メノーラ様。昼食のお時間を随分と過ぎております」
見かねたミーナが、メノーラに声をかけなかったら、食事をリーリエは取り損ねることになっただろう。
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「最近はどうだ?随分とやつれたように感じるが」
メノーラの授業がスタートして、随分とクノリスに会うことがリーリエは久しぶりに感じた。
久しぶりといっても、まだ数日しか経っていないのだが。
「おかげ様で知識の海に潜りこんだ気分です」
「それは、期待の出来そうな返事だな」
先日のやり取りから、クノリスはリーリエに触れて来なくなった。
膝の上に乗せることもなくなり、一定の距離を取っているように感じる。
結婚の儀式が終わるまでは触れるなと言ったのは、リーリエなのだから、寂しいなど感じているはずはないと、リーリエは首を横に振った。
「聞いていたか?お姫様」
クノリスに尋ねられて、リーリエは我に返った。
「えっと……ええ。もちろんよ」
「君が軍隊に入って遠征に行くって話だが」
「え?」
とんでもない話題を出されて、リーリエは驚いた。
アダブランカ王国の軍に入って遠征だなんて、無理に決まっている。
「冗談だよ。やっぱり聞いていなかったじゃないか。未来の夫と一緒にいるというのに、上の空というのは些か寂しいものだな」
「すみません……」
「君に、一緒に城下町へ行かないか?というデートのお誘いをしていたのだが、どうだろうか」
「城下町ですか?」
「話を聞くに、グランドール王国でも、ここに来てからもずっと鳥籠の中に入りっぱなしだろう?国の紹介も兼ねて、一度街をみておくのも悪くないと思ってね」
クノリスが柔らかく微笑んだ瞬間、リーリエの胸の奥がドキッと高鳴った。
どうして、優しく微笑まれて心臓がドキドキと鼓動が鳴っているのか分からない。
テーブルの上に無造作に置かれているクノリスの手に、触れたくなった。
彼の大きな手をぎゅっと握りしめて、近くにいたい。
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婚姻も結んでいない男に触れたいなんて、はしたない女。所詮あの女の娘ってところね。
継母のモルガナはきっとリーリエに対して言うだろう。
自分に対してひどい扱いをした女の言うことなんて、無視すればいいのだが、リーリエの頭の中に継母の言葉が蘇る。
「返事をくれないだろうか?」
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