8 / 57
episode01:グランドールの花嫁
7
しおりを挟む
馬車の中でのクノリスの態度は昨日より、熱烈なものだった。
「ドレスは新しいものに変えたから、匂いがどうとか言う必要はないだろう」とリーリエを膝の上に乗せ始めたのだ。
「正直に申しまして、居心地は悪いです」
「俺は居心地がよい」
「……」
「今日は、男女のどうとか言わないのか?」
楽しそうな表情でクノリスは、リーリエを見た。
「言っても楽しんでかわしますよね。昨日の私の質問にも答えてくれなかったじゃないですか」
「質問とは?」
何も覚えていないといった様子で、クノリスはリーリエを見た。
嘘つきだ。この男は、とんでもない、嘘つきだ。とリーリエは心の中で呟いた。
「いいえ、なんでもありません」
「嘘だよ。覚えている。なぜ君をアダブランカ王国に嫁入りさせようと思ったかだろう」
昨晩、クノリスを怒らせないようにしようと心に決めたばかりなのに、クノリスのからかう態度に白目をむかずにはいられない。
「覚えていらっしゃったんですね」
皮肉を精一杯こめて、リーリエは自分を抱きしめるクノリスに向かって笑みを浮かべた。
「君がこの世で一番美しいと噂を聞いてね」
動じることなく、クノリスも答える。まるで何度も練習した定型文だ。
「それに、アダブランカ王国の北の領土を拡大したいと思っていたところだ」
領土拡大のための政略結婚。
そちらの方が本命のような気がしなくもないが、その中でなぜリーリエを名指ししたのだろうか。
目は口ほどに物を言うらしく、クノリスは楽しそうに笑いながら「納得していないようだな。頑固者の子猫ちゃんは」とリーリエを抱きしめる力を強くした。
***
「その子猫ちゃんというのを、やめていただけませんでしょうか?」
「なぜ?」
「なぜって。私は人間ですし、あなたのペットではありませんから」
「では、互いの呼び名を決めようか。どんな呼び方をされたい?」
「それは……」と答えようとした時、クノリスによってあっさり話題を変えられていたことに気が付いた。
「わざと話題を変えるために、嫌がるって分かっていて子猫って呼んでいたりしました?」
やや冷ややかな声を出してみると効果はてきめんだったようで「君は騙されてくれるタイプの人間ではないようだな」とクノリスは肩をすくめた。
「私は、アダブランカ王国でやっていくために、自分の立ち位置を知りたいだけです」
「ただ、王の寵愛を受けて嫁入りしたというのでは、不満なのか?」
「寵愛だけでは、国民が納得しないのをあなたはご存じのはずよ」
グランドール王国は、奴隷生産国。
奴隷廃止を掲げたアダブランカ王国にとっては、あまり好ましい国ではない。
ガルベルの態度だって、原因はドレスだけではないはずだ。
「私は、この結婚に感謝しているの。だから、あなたの力になりたいのよ」
クノリスは小さくため息をついた後「気張りすぎだ」と抱きしめていた力を緩めた。
「気張ってなんかいないわ」
「君の立ち位置はアダブランカ王国の第一王妃。そして、私の妻となり世継ぎを作る。私が作る国の繁栄を手伝う。そうしていれば、国民は納得するさ」
「でも……もがっ」
口の中に甘さが広がった。
クノリスが、リーリエの口の中に焼き菓子を入れたのだ。
今までに食べたことがないような味だった。
ふんわりした生地の中に、乾燥させたフルーツがふんだんに入っている。
「君は、ちょっと栄養が足りていない節がある。道のりは長いんだ。少し気持ちをリラックスさせながら、旅を楽しもうじゃないか」
***
王都トスカニーニに到着したのは、日が暮れてからしばらく経ってからだった。
途中で二度の休憩を挟んだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
馬車が停まる前にクノリスに起こしてもらわなかったら、従者が馬車の扉を開けた時に、だらしない寝顔をさらしてしまっていたところだっただろう。
「あの……私」
「気にしなくていい。随分、君の寝顔を楽しませてもらったけどね」
それは気にすることなのではないかと、リーリエは口もとに涎が垂れていないかどう確認した。
どうやら涎は垂れていないようだった。
慌てるリーリエの姿を、クノリスはククッと喉の奥で笑いを嚙み殺している。
「面白いなら笑っていただいて結構です」
「そうむくれるな。馬車を降りたら、王としての威厳を保たなくてはならないんだ。戯れるくらいは許してくれ」
馬車が停まった。
馬車の外に立っている従者が「クノリス王、グランドール王国リーリエ姫のご到着です!」と大きな声で叫んでいる。
先に馬車から降りたのは、クノリスだった。
手を引かれ、続いてリーリエも馬車から降りる。
岩を砕いてできたグランドール王国の城とは違う、白く美しく壮大な城が目の前に建っていた。
城の中へと続く入り口には、何十人もの兵隊やメイドが一斉に頭を下げて、王と妃になる姫を待ち構えていた。
「ようこそ、アダブランカ王国。王都トスカニーニへ」
「ドレスは新しいものに変えたから、匂いがどうとか言う必要はないだろう」とリーリエを膝の上に乗せ始めたのだ。
「正直に申しまして、居心地は悪いです」
「俺は居心地がよい」
「……」
「今日は、男女のどうとか言わないのか?」
楽しそうな表情でクノリスは、リーリエを見た。
「言っても楽しんでかわしますよね。昨日の私の質問にも答えてくれなかったじゃないですか」
「質問とは?」
何も覚えていないといった様子で、クノリスはリーリエを見た。
嘘つきだ。この男は、とんでもない、嘘つきだ。とリーリエは心の中で呟いた。
「いいえ、なんでもありません」
「嘘だよ。覚えている。なぜ君をアダブランカ王国に嫁入りさせようと思ったかだろう」
昨晩、クノリスを怒らせないようにしようと心に決めたばかりなのに、クノリスのからかう態度に白目をむかずにはいられない。
「覚えていらっしゃったんですね」
皮肉を精一杯こめて、リーリエは自分を抱きしめるクノリスに向かって笑みを浮かべた。
「君がこの世で一番美しいと噂を聞いてね」
動じることなく、クノリスも答える。まるで何度も練習した定型文だ。
「それに、アダブランカ王国の北の領土を拡大したいと思っていたところだ」
領土拡大のための政略結婚。
そちらの方が本命のような気がしなくもないが、その中でなぜリーリエを名指ししたのだろうか。
目は口ほどに物を言うらしく、クノリスは楽しそうに笑いながら「納得していないようだな。頑固者の子猫ちゃんは」とリーリエを抱きしめる力を強くした。
***
「その子猫ちゃんというのを、やめていただけませんでしょうか?」
「なぜ?」
「なぜって。私は人間ですし、あなたのペットではありませんから」
「では、互いの呼び名を決めようか。どんな呼び方をされたい?」
「それは……」と答えようとした時、クノリスによってあっさり話題を変えられていたことに気が付いた。
「わざと話題を変えるために、嫌がるって分かっていて子猫って呼んでいたりしました?」
やや冷ややかな声を出してみると効果はてきめんだったようで「君は騙されてくれるタイプの人間ではないようだな」とクノリスは肩をすくめた。
「私は、アダブランカ王国でやっていくために、自分の立ち位置を知りたいだけです」
「ただ、王の寵愛を受けて嫁入りしたというのでは、不満なのか?」
「寵愛だけでは、国民が納得しないのをあなたはご存じのはずよ」
グランドール王国は、奴隷生産国。
奴隷廃止を掲げたアダブランカ王国にとっては、あまり好ましい国ではない。
ガルベルの態度だって、原因はドレスだけではないはずだ。
「私は、この結婚に感謝しているの。だから、あなたの力になりたいのよ」
クノリスは小さくため息をついた後「気張りすぎだ」と抱きしめていた力を緩めた。
「気張ってなんかいないわ」
「君の立ち位置はアダブランカ王国の第一王妃。そして、私の妻となり世継ぎを作る。私が作る国の繁栄を手伝う。そうしていれば、国民は納得するさ」
「でも……もがっ」
口の中に甘さが広がった。
クノリスが、リーリエの口の中に焼き菓子を入れたのだ。
今までに食べたことがないような味だった。
ふんわりした生地の中に、乾燥させたフルーツがふんだんに入っている。
「君は、ちょっと栄養が足りていない節がある。道のりは長いんだ。少し気持ちをリラックスさせながら、旅を楽しもうじゃないか」
***
王都トスカニーニに到着したのは、日が暮れてからしばらく経ってからだった。
途中で二度の休憩を挟んだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
馬車が停まる前にクノリスに起こしてもらわなかったら、従者が馬車の扉を開けた時に、だらしない寝顔をさらしてしまっていたところだっただろう。
「あの……私」
「気にしなくていい。随分、君の寝顔を楽しませてもらったけどね」
それは気にすることなのではないかと、リーリエは口もとに涎が垂れていないかどう確認した。
どうやら涎は垂れていないようだった。
慌てるリーリエの姿を、クノリスはククッと喉の奥で笑いを嚙み殺している。
「面白いなら笑っていただいて結構です」
「そうむくれるな。馬車を降りたら、王としての威厳を保たなくてはならないんだ。戯れるくらいは許してくれ」
馬車が停まった。
馬車の外に立っている従者が「クノリス王、グランドール王国リーリエ姫のご到着です!」と大きな声で叫んでいる。
先に馬車から降りたのは、クノリスだった。
手を引かれ、続いてリーリエも馬車から降りる。
岩を砕いてできたグランドール王国の城とは違う、白く美しく壮大な城が目の前に建っていた。
城の中へと続く入り口には、何十人もの兵隊やメイドが一斉に頭を下げて、王と妃になる姫を待ち構えていた。
「ようこそ、アダブランカ王国。王都トスカニーニへ」
0
お気に入りに追加
334
あなたにおすすめの小説
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
デブでブスの令嬢は英雄に求愛される
陸路りん
恋愛
元のタイトル『ジュリア様っ!』から変更して副題のみにしました。
デブでブスな令嬢ジュリア。「私に足りないのは美貌と愛嬌だけよ」と豪語し結婚などとは無縁で優秀な領主としての道をばく進する彼女に突如求婚してきたのは魔王殺しの英雄ルディ。はたしてこの求婚は本気のものなのか、なにか裏があるのか。ジュリアとルディの人生を賭けた攻防が始まる。
この作品はカクヨム、小説家になろうでも投稿させていただいています。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
僕が竜人の彼女といちゃいちゃするのに必要なこと
蒼衣翼
恋愛
現代文明に近い文化社会の多種族的異世界で少年と少女がいちゃいちゃするためにがんばる話
小説家になろうさん、Arcadiaさん、カクヨムさんにも投稿
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる