英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

文字の大きさ
上 下
7 / 57
episode01:グランドールの花嫁

6

しおりを挟む
 幼い頃の夢を見た。
 どうして私たちはこんな暮らしをしなければならないの?と泣きじゃくるリーリエを、母親であるサーシャが優しく抱きしめる。

「リーリエ。あなたは、人を愛することを忘れてはだめ」

「でも意地悪な人ばっかりだよ。嫌いだよ。こんなところ。今日も第一王妃にぶたれたの……痛いよ。すっごく痛いよ」

 幼いリーリエの手の甲は、赤くみみず腫れが出来ていた。
 鞭でぶたれたのだ。

「今はこんな暮らしでも、きっとあなたのことを愛してくれる人が現れる。だから人に対して希望を捨ててはだめ」

 赤く腫れた部分を両手で包みながら、サーシャはリーリエに言った。

「お母様は本当にそう思うの?」

「ええ。思うわ。あなたが好きで好きで仕方がない人が、必ず出てくる」

 優しく微笑む母親が、次第に遠くなっていく。

「お母様!待って!お母様!お願い一人にしないで!行かないで!」

 叫んでも、遠くなっていく母親は待ってはくれない。
 聞きたいことがたくさんある。どうしてあんな風な扱いを受けなければならなかったの?

 どうしてお母様は、王であるお父様に逆らって奴隷を解放しようとしたの?

 どうして、アダブランカ国王のクノリスは私を選んだの?

 私は、これから幸せになっていいの?

 クノリス王は信じても大丈夫なの?

 たくさんの疑問が頭の中に浮かぶが、言葉にならず、リーリエは現実に引き戻された。
 浅い息をたくさんしながら、ガバッと飛び起きて辺りを見回す。

 静まり返った部屋の中で「お目覚めですか?」とミーナの声が横から聞こえた。

「え、ええ」

「朝食をお持ちいたしました。食事を取られまして、準備が整い次第、王都へ出発いたします」

「あの……クノリス王は?」

「王はもう既にお目覚めです。馬車でご一緒されると思われますので、ご安心ください」

 彼は昨晩部屋に戻って来たのだろうか。と聞きたかったのだが、ミーナにクノリスとのやり取りを話すのは違うような気がした。

 リーリエは、朝から食べるにはしては豪華な朝食が置いてあるテーブルの方へと向かった。


***


 リーリエの準備が整って馬車へ向かう時に、クノリスの姿を発見した。
 腰に差した剣を使って、兵隊の何人かと一緒になってふざけて戦っている。

 その姿は、まるで少年同士の戯れのようで、とても楽しそうな表情を浮かべていた。

「楽しそうですね」

「大丈夫ですよ。リーリエ様と一緒におられる時も、充分嬉しそうな表情をされております」

 リーリエは純粋な感想をミーナに伝えたが、ミーナは違った心配をしているようだった。

「彼らは、ずっとアダブランカ王国の兵隊だったの?」

 言い方を変えて、リーリエはミーナに尋ねた。
 このままアダブランカ王国に滞在できるのであれば、少しでもこの国のことを知りたかった。

「半々ですね。アダブランカ王国が反乱軍によって国家を転覆させた話はご存じでしょうか?」

「ええ。噂だけは」

「あれから数年経っておりますが、王はこうやってコミュニケーションを取りながら兵隊達や国民が今王政に対してどう思っているのか、見ておられるのだと思われます」

「ミーナさんは……」

「ミーナでかまいません」

「ミーナは、どちらだったの?」

 リーリエの質問にミーナは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに表情を硬くして「私は反乱軍の方へおりました」と静かに答えた。

「国を転覆させるってすごいことよね」

「犠牲も多く出ましたから……」

 笑い声が庭の中で響き渡る。
 数年前に、笑い合っている人物たちが命をかけて戦っていたとは、とても信じられなかった。


***


「やあ、ミーナ」

 リーリエとミーナの背後から、声が聞こえてきたので二人は声のした方へと顔を向けた。 
 そこには、背の背が高く、肩まで伸びた髪の毛をひとくくりにした軍人が立っていた。

 茶色の瞳に、髪の毛、耳にはいくつもピアスがついている。
 にっこり笑った口もとには、犬歯のような尖った八重歯が見えた。

「リーリエ様の前よ、ガルべル」

 ミーナが厳しい口調でたしなめたが、彼は全く気にしていないようだった。

 むしろ、異国からやって来た姫君がどのような人物であるのかしっかり見定めているようだった。

「だから声をかけたんじゃないか。みんな噂しているぜ。ボロ布を纏った姫君がどんな人物か」

 あけすけにものを言うガルベルにリーリエは驚いたが、あまり気にならなかった。
 彼から悪意は感じ取れなかったからだ。

「確かに、あのドレスはひどかったわよね。自覚しているわ」

 黄ばみがひどく、匂いのきついドレスのことを思い出して、リーリエは首を振った。

「ワオ!本人もそう思っているということは、わざと着てきたってこと?嫁入りなのに?」

「いいえ。わざとではないわ。決してね」

 リーリエがそこまでガルベルに向かって言ったところで、ミーナが二人の間に入って来た。

「リーリエ様。この者の言葉は無視していただいて結構です。ガルベル。クノリス様に今の一件はお伝えさせていただきますからね。いい加減にアダブランカ王国の兵士の自覚を持ちなさい」

「相変わらず厳しいな。ミーナは。いいじゃないか。このお姫様が、俺たち対して敵意があるのか、ないのかじゃ、俺たちの護衛のモチベーションが変わるぜ。この国を馬鹿にするような、新しい妃は俺たちに必要ない」

「敵意はないわ。絶対に。それに絶対馬鹿にしたりはしない」

 リーリエは一言ずつ力を込めて、リーリエの一挙一動に嘘がないか確認しているガルベルの方を見た。
 しばらく視線が交わった後「どうやら嘘はついていないようだね」とガルベルは牙のような歯を見せて笑った。

「何事だ?」

 様子がおかしいことをかぎつけたのか、先程まで兵士と遊んでいたクノリスが、リーリエの隣に立っていた。

「クノリス様!」

 ミーナが今の出来事を伝えようとした時「挨拶をさせていただいておりました。アダブランカ王国のことを心から愛しているようです」とリーリエがミーナの前に出て、ガルベルをかばった。

 ミーナとガルベルは驚いたように、顔を見合わせたが、クノリスの方を見ているリーリエは気が付かなかった。

「そうか。そろそろ、準備を始めろ。ミーナ、ガルベル他の者にも伝えてくれ」

 クノリスの言葉に、二人は静かに頭を下げた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...