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第1章第5話 仮想現実でドッペルゲンガーに会ったら死ぬの?
*8*
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先程セッションした部屋に行き、春一は携帯を取り出す。
久しぶりに電源を入れる。
圏外だと分かってからずっと電源を切っていた。
見慣れない機械を不思議そうに眺める3人。
圏外でも曲の再生は出来そうだ。
再生ボタンを押すと3人は驚いた。
ロック調の激しい曲だ。
曲を聴き終わるとロイドが溜息をついた。
ロイド
「こんなに難しそうな楽曲、譜面も無しに出来るのかね……」
春一
「やれるだけの事はやりましょう。
こういうのはノリと雰囲気ですよ!」
時間があまり無い為、早速練習に取り掛かる。
曲を最初から流して止めながら1つずつ覚えていく。
春一は既に弾けるので、3人のサポートをする。
ダンテは意外にも1人で着々と物にしていく。
手袋を外して本気モードだった。
ロイドは聞き慣れない曲に動揺しつつも、昔の腕を取り戻していった。
春一
「……いや、だから、こことここの弦を押さえてだな……!」
一番の問題児はクロードだった。
ガチガチに固まった指から奏でるベースは聞けたものじゃない。
クロード
「だから言っただろう、楽器初心者の私がいきなり短時間でベースを弾くなんて無理があるのだ……」
春一
「気持ちは分かるけど、誰だって初めてはある。
2人だって初めてなんだぞ?
詩乃だって初めての事を頑張ってる。
弱気になるなんて、俺の知ってるクロードじゃねぇぞ?
お前の長所は何だ?
短所をカバーしちまう集中力だろうが。
クロードならやれるって!」
時間は刻一刻と迫っていた。
そして、時は来た。
楽器を舞台裏に運び込む。
降りた幕の向こうからは観客の談笑が聞こえてくる。
暗い舞台に立ち、そっと幕の隙間から観客を見たダンテが振り向く。
ダンテ
「チョー満席!
ヤベェ、変なテンションになってきたぁ!」
口には出さないが3人も同じだった。
興奮と緊張と不安が入り交じり、とてもハイになっていた。
ロイド
「この高まる感じ、若い頃を思い出すよ……!」
階段上、中央のドラムのイスに座りスティックを握り締めるロイド。
クロード
「や、やれるだけの事はやった……大丈夫、私は大丈夫……」
上手に立ったクロードは、ベースを肩から掛けて念仏のように自身を鼓舞する。
春一
「おい、あんまりガッチガチに固まんなよ、リラックスして楽しもうや」
クロードは中央に立つ春一を見て、頷く。
そして大きく深呼吸した。
ブザーが鳴り、会場が静まる。
暗くなる客席。
幕がゆっくり上がると共に明るくなる舞台。
客席と対峙し、拍手が起きる。
ロイドは手元に用意していたマイクを手に取り立ち上がると、拍手がやんだ。
ロイド
「本日は私の為にお集まりいただき、誠にありがとうございます。
ファントムクリスタルを披露する前に、即席のバンド演奏をお楽しみいただきたい。
バンドなんてもう何十年振りでボーカルのランタ君から誘われた時は、私にまだそんな事が出来るのかと……」
長々と話すロイドに春一は内心ほくそ笑んでいた。
よしよし良いぞ、もっと話せ。
長々と特に興味が持てない話を続けるんだ。
校長先生の話しかり、祝辞の言葉しかり、どの世界でもおじさんの話は長いと相場が決まってるもんだ。
そのまま時間を稼いでくれ!
意識が朦朧とする中、懸命に力を振り絞る詩乃。
机の上にはほぼ完成されたファントムクリスタルがあった。
ルイス
「すごいわ、あともう少しね!」
詩乃の額から吹き出る汗をハンカチで拭いながら、ルイスは喜ぶ。
そんなルイスとは対照的に焦る詩乃。
もう披露開始時間になった。
形は作れてもまだ本物同様の輝きとは言えない。
たとえ完成しても、10分以内に会場に送り届けられるかどうか……。
こうなったら一か八かだ。
詩乃
「……ル、ルイスさん、台車でクリスタルを私ごと運んでくれないかな?」
ルイス
「え?何?どういう事?」
詩乃の申し出に戸惑うルイス。
詩乃
「だ、台車で運んでもらいながら完成させる。
じゃなきゃ、間に合わない……」
息も絶え絶えな詩乃。
ルイスはちょっと待っててと部屋を飛び出た。
ロイド
「という訳でね、私の父からの言葉で今の私がいる訳です。
おっと、色々脱線してしまいましたね。
早速演奏を始めましょうか」
終着点が見えなかったロイドの話も、ようやく終わりが見えた。
クソ……ここまでか……!
ロイド
「ああ、その前にメンバー紹介をしなくては!
ボーカル兼ギター担当のランタ君とは仕事上だけの付き合いでは無く、そうそう仕事と言えば……」
よっしゃ!脱線タイム!
客席からは、まだ続くの……と呆れた声が聞こえてきそうだが、どうか気付かず鈍感なままでいてくれと、春一は強く願った。
ルイスが持ってきたのはホテルのベルボーイが荷物を運ぶ為に使う台車、バゲージカートだった。
金色の真鍮が高級感を演出している。
荷台部分に荷物を置く事はもちろん、ハンガーも上から掛けられるタイプの大きな物だった。
詩乃は出来上がりかけたファントムクリスタルをそっと触った。
大丈夫、触れるくらいには出来ている。
箱に入った本物も腕に抱えた。
カートに乗り込み膝と腹で箱を抱え、できかけのクリスタルを傍に置き両手を構える。
ルイスはカートごとすっぽりシーツで覆った。
こうすれば作業している詩乃の姿は見えない。
ハンドルを握り、ルイスは部屋を出た。
シーツが被さったカートを持って現れたルイスに驚く聖騎士団達。
先程までは2人だったのに、今は廊下にうじゃうじゃと居た。
ルイスは眉間にシワを寄せる。
ルイス
「道を開けなっ!職人のお通りだよっ!」
ルイスの気迫に聖騎士団は急いで花道を作る。
長い廊下を猛スピードで駆け抜ける。
ロイド
「……この4人のメンバーで今夜限りの演奏をします。
盛り上がっていきましょう!」
永遠とも思えた話が終焉を迎えた。
やっと終わった開放感とやっと演奏が聞ける高揚感で、会場はより盛り上がる。
春一達は目を見合わせ、軽く頷いた。
皆の視線は春一に集まる。
春一は観客を向き、マイクに口を寄せる。
春一
「……それでは、聞いてください」
照明が変わり、導入のベースが始まる。
慣れないながらも必死にベースを弾くクロード。
まあ最初よりかはだいぶ良いな、と春一は内心思う。
ダンテは自身の前にも置かれたマイクでコーラスを入れる。
スティックを大きく振りかぶったロイドは思い切り叩き、一気に会場は
盛り上がる。
大丈夫、今のところ何の問題も無い。
クロードを心配しつつコーラスを入れながらギターを掻き鳴らすダンテ。
ロックは聞き慣れないのか戸惑っていた観客達も段々と乗ってくる。
クロードは必死に弦を押さえ、恥ずかしさにも堪える。
春一もダンテと同様クロードを心配しつつ、歌う。
ギターを弾きながら歌まで歌うとは……とクロードは隣で感心していた。
ダンテもコーラスで春一を支える。
良い感じに観客を巻き込めてるなと、春一は安心した。
ふと、袖幕を見るとカートを持ったルイスが見えた。
まさか演奏をしているとは思っていなかったルイスは、ポカンと舞台を見る。
ルイス、あんなの持ってアイツ何やってんだ?
春一はシーツで被されたカートが気になっていた。
自身の歌とギターにも集中しつつ、何となく横目で意識する。
シーツがモゾモゾと動き出した。
中から現れたのは汗だくの詩乃だった。
ルイスと同じく舞台の光景をポカンと見ている。
10分引き伸ばし作戦ってこれ?という顔だ。
声に出さなくても表情で分かる。
ルイスに急かされて、詩乃は両手を構える。
え?何?まだ終わってなかったの!?
余裕が出てきたクロードは、何となく春一を見る。
春一の奴、チラチラと一体どこを見ている……?
……詩乃にルイス殿!?
2人の存在に気付き、無くなったと思った恥ずかしさが込み上げてきた。
いかんいかん、演奏に集中しなくては……!
弦に視線を固定して、必死な顔で演奏するクロード。
もうすぐラストだ、やり抜くぞ……!
最後の音まで意識して、演奏をなんとか終わらせた。
お、終わった……。
鳴り響く拍手の中、クロードはやり切ったとばかりに大きく息を吐いた。
こんなに清々しい気持ちは久しぶりだった。
隣に居る春一を見る。
スタンディングオベーションをする観客を誇らしげに見ていた。
ふとクロードと目が合った春一は、微笑んだ。
4人は深々とお辞儀をした。
こうして春一の10分引き伸ばし作戦のお陰で、私はなんとか作り上げる事が出来た。
私が作り上げたファントムクリスタルは、輝きもそっくりそのままの瓜ふたつ。
ロイドさんは安心してクリスタルと共に、再び壇上に上がった。
私達4人とダンテさんは部屋に戻る。
ルイス
「まさかあの短時間であそこまでの演奏をするなんて……ホントすごいわぁ、驚きだわ!」
クロード
「私が1番驚いている。
自分があんなに集中力があるとはな……」
ダンテ
「最初はどうなるかと思ったけどね~!
どうどう?オレの演奏、カッコ良かった?」
ダンテさんはルイスさんの肩に手を回した。
詩乃
「ダンテさんは本当に懲りないですね~!
またクロードに手つねられちゃいますよ?」
ダンテさんはそうだったそうだったと、手を頭の上に置いた。
ダンテ
「んじゃあ、そろそろ本物のクリスタルをボイラー室で守らなきゃね!
“今宵”はまだ終わってないし油断は出来ないからね。
後はオレに任せてよ!」
私が両腕に抱えてる箱に、ダンテさんが手を伸ばす。
その腕を春一の手が握り、止めた。
ダンテ
「え?なになに?どうしたの?」
春一
「確かに素敵な夜はまだまだこれからだもんなぁ?
……怪盗クイーンさんよぉ?」
私は目の前の状況が飲み込めなくて、動揺する。
え、ダンテさんが……怪盗Qなの……?
ダンテ
「は?オレが?怪盗Q?そんな訳無いじゃーん!
何でそんな事になっちゃうんだよー!」
ダンテさんはヘラヘラ笑う。
あらぬ疑いを掛けられて笑うしかないのかも。
春一
「ほら?見て?
夕方にクロードさんにつねられた痕が、まだこんなにくっきり残っちゃってんの」
突然春一は左手の甲をダンテさんに見せた。
確かに赤く痕が残っている。
すごい威力だな……。
春一
「まあ、あなたが現れる前の事だったから知らないと思いますけど、実は俺らってクロードにつねられた被害者同盟、密かに組んでた訳ですよ。
でね、ギター練習してた時手袋外したあなたの手の甲を見てみたらー。
あらやだ!綺麗な手の甲じゃない!ってなったんですよー。
あれでも待って?
俺の方が先につねられてこんなに残ってるのに、後につねられたあなたの手が綺麗なお手手っておかしくないですかー?」
ダンテ
「オレ、そういうの治るの早いんだよね」
春一
「へぇ、しらばっくれちゃうんだ?
じゃあルイスさんに質問です」
ルイスさんの方を向く春一。
春一
「あなた最初にダンテさんに会った時、手をどこに回されました?」
ルイス
「えっと……腰、です」
春一
「ついさっきはどこに回されました?」
ルイス
「……あ!肩!」
春一
「俺ね、この手のチャラ男ってやり口一緒だと思うんですよねー。
ワンパターンっていうか」
ダンテ
「……たまには変えたくなる時だってあるよ」
春一
「もー!これでもダメなんですかぁー?
じゃあ奥の手出しちゃおっかなー」
次にクロードを見る。
春一
「クロードさんに質問です。
あなたダンテさんがギター担当に名乗りを上げた時、驚かれてましたね?
どうして?」
クロード
「昔から私以上に不器用なアイツが、ギターなど弾けるとは到底思えなかった……」
春一
「あれれ~?おかしいなぁ?
ダンテさんバリバリカッコ良く弾いてましたよねぇ?
補足としてギター経験者から言わせてもらうとあのテクニック、不器用な人間が出来る代物じゃないんですよぉ?」
黙って聞いていたダンテさんはふっと息を吐いた。
ダンテ
「……あーあ、出しゃばらなければ良かったなぁ」
詩乃
「じゃあ、あなた本当に怪盗Q……?」
怪盗Q
「バレちゃったらしょうがないよね、とりあえず逃げまぁーす!」
ダンテさんに扮した怪盗Qは、踵を返し部屋を出る。
クロード
「待てっ!」
剣を抜き、追い掛けるクロード。
私達も後を追う。
あんなに居た聖騎士団はもう廊下に居なかった。
部屋に入る前に怪盗Qがダンテさんのフリをして、どこかに行かせたんだ!
前を走る怪盗Q。
前方の扉が開き、本物であろうダンテさんが出て来た。
ダンテ
「やっべー、寝ちゃってたわぁ……」
欠伸をしながら、怪盗Qが視界に入る。
ダンテ
「って、俺がいる!?」
ものすごい勢いで向かってくる怪盗Qを見て、ダンテさんはそのまま意識を失った。
倒れたダンテさんを飛び越えて逃げる怪盗Q。
春一
「ドッペルゲンガー見て死ぬって、気絶するって意味なのかよ!
くっそ!俺気絶しなかった!
すげぇ鈍感みてぇじゃんか!」
ダンテさんを飛び越えながらなぜか悔しがる春一。
怪盗Qは船の先端に立っていた。
私達が追いつくと振り返る。
そしてダンテさんの格好から変身した。
怪盗Q
「いやぁ、今宵は満月だね。そりゃ普段しない事もしちゃうよね」
上下赤のスーツを着た、長い髪の女性はハットを片手で押さえた。
怪盗Q
「今まで予告通り全て頂いてきたのに、今回は非常に残念だよ。
だが君達との演奏は実に楽しかったよ、非常に良い夜だった……。
じゃ、バイバーイ!」
ハットを片手で取り、一礼するとそのまま後ろ向きに倒れるように海へと落ちる。
クロード
「なっ!?怪盗Q!!」
怪盗Qが飛び込んだ場所から海を見下ろすも、そこには暗い水面が見えるだけで、怪盗Qの姿はどこにも無かった。
ルイス
「し、死んだの?」
春一
「死ぬ訳無ぇよ、だってアイツ神出鬼没なんだろ?
だったらまたひょっこり現れるだろ」
クロードは鞘に剣を納めた。
クロード
「また現れるのを期待しているように見えるのは気のせいか?」
春一
「……ふっ、まさか」
クロードの言葉に春一は鼻で笑うと、私が両腕に抱えていた箱を取る。
春一
「コイツが手元にあるってだけで儲けもんだと思わねぇとな」
満月に掲げるファントムクリスタル。
月の光を浴びて、紫色にキラキラと光った。
第5話 仮想現実でドッペルゲンガーに会ったら死ぬの? ~完~
久しぶりに電源を入れる。
圏外だと分かってからずっと電源を切っていた。
見慣れない機械を不思議そうに眺める3人。
圏外でも曲の再生は出来そうだ。
再生ボタンを押すと3人は驚いた。
ロック調の激しい曲だ。
曲を聴き終わるとロイドが溜息をついた。
ロイド
「こんなに難しそうな楽曲、譜面も無しに出来るのかね……」
春一
「やれるだけの事はやりましょう。
こういうのはノリと雰囲気ですよ!」
時間があまり無い為、早速練習に取り掛かる。
曲を最初から流して止めながら1つずつ覚えていく。
春一は既に弾けるので、3人のサポートをする。
ダンテは意外にも1人で着々と物にしていく。
手袋を外して本気モードだった。
ロイドは聞き慣れない曲に動揺しつつも、昔の腕を取り戻していった。
春一
「……いや、だから、こことここの弦を押さえてだな……!」
一番の問題児はクロードだった。
ガチガチに固まった指から奏でるベースは聞けたものじゃない。
クロード
「だから言っただろう、楽器初心者の私がいきなり短時間でベースを弾くなんて無理があるのだ……」
春一
「気持ちは分かるけど、誰だって初めてはある。
2人だって初めてなんだぞ?
詩乃だって初めての事を頑張ってる。
弱気になるなんて、俺の知ってるクロードじゃねぇぞ?
お前の長所は何だ?
短所をカバーしちまう集中力だろうが。
クロードならやれるって!」
時間は刻一刻と迫っていた。
そして、時は来た。
楽器を舞台裏に運び込む。
降りた幕の向こうからは観客の談笑が聞こえてくる。
暗い舞台に立ち、そっと幕の隙間から観客を見たダンテが振り向く。
ダンテ
「チョー満席!
ヤベェ、変なテンションになってきたぁ!」
口には出さないが3人も同じだった。
興奮と緊張と不安が入り交じり、とてもハイになっていた。
ロイド
「この高まる感じ、若い頃を思い出すよ……!」
階段上、中央のドラムのイスに座りスティックを握り締めるロイド。
クロード
「や、やれるだけの事はやった……大丈夫、私は大丈夫……」
上手に立ったクロードは、ベースを肩から掛けて念仏のように自身を鼓舞する。
春一
「おい、あんまりガッチガチに固まんなよ、リラックスして楽しもうや」
クロードは中央に立つ春一を見て、頷く。
そして大きく深呼吸した。
ブザーが鳴り、会場が静まる。
暗くなる客席。
幕がゆっくり上がると共に明るくなる舞台。
客席と対峙し、拍手が起きる。
ロイドは手元に用意していたマイクを手に取り立ち上がると、拍手がやんだ。
ロイド
「本日は私の為にお集まりいただき、誠にありがとうございます。
ファントムクリスタルを披露する前に、即席のバンド演奏をお楽しみいただきたい。
バンドなんてもう何十年振りでボーカルのランタ君から誘われた時は、私にまだそんな事が出来るのかと……」
長々と話すロイドに春一は内心ほくそ笑んでいた。
よしよし良いぞ、もっと話せ。
長々と特に興味が持てない話を続けるんだ。
校長先生の話しかり、祝辞の言葉しかり、どの世界でもおじさんの話は長いと相場が決まってるもんだ。
そのまま時間を稼いでくれ!
意識が朦朧とする中、懸命に力を振り絞る詩乃。
机の上にはほぼ完成されたファントムクリスタルがあった。
ルイス
「すごいわ、あともう少しね!」
詩乃の額から吹き出る汗をハンカチで拭いながら、ルイスは喜ぶ。
そんなルイスとは対照的に焦る詩乃。
もう披露開始時間になった。
形は作れてもまだ本物同様の輝きとは言えない。
たとえ完成しても、10分以内に会場に送り届けられるかどうか……。
こうなったら一か八かだ。
詩乃
「……ル、ルイスさん、台車でクリスタルを私ごと運んでくれないかな?」
ルイス
「え?何?どういう事?」
詩乃の申し出に戸惑うルイス。
詩乃
「だ、台車で運んでもらいながら完成させる。
じゃなきゃ、間に合わない……」
息も絶え絶えな詩乃。
ルイスはちょっと待っててと部屋を飛び出た。
ロイド
「という訳でね、私の父からの言葉で今の私がいる訳です。
おっと、色々脱線してしまいましたね。
早速演奏を始めましょうか」
終着点が見えなかったロイドの話も、ようやく終わりが見えた。
クソ……ここまでか……!
ロイド
「ああ、その前にメンバー紹介をしなくては!
ボーカル兼ギター担当のランタ君とは仕事上だけの付き合いでは無く、そうそう仕事と言えば……」
よっしゃ!脱線タイム!
客席からは、まだ続くの……と呆れた声が聞こえてきそうだが、どうか気付かず鈍感なままでいてくれと、春一は強く願った。
ルイスが持ってきたのはホテルのベルボーイが荷物を運ぶ為に使う台車、バゲージカートだった。
金色の真鍮が高級感を演出している。
荷台部分に荷物を置く事はもちろん、ハンガーも上から掛けられるタイプの大きな物だった。
詩乃は出来上がりかけたファントムクリスタルをそっと触った。
大丈夫、触れるくらいには出来ている。
箱に入った本物も腕に抱えた。
カートに乗り込み膝と腹で箱を抱え、できかけのクリスタルを傍に置き両手を構える。
ルイスはカートごとすっぽりシーツで覆った。
こうすれば作業している詩乃の姿は見えない。
ハンドルを握り、ルイスは部屋を出た。
シーツが被さったカートを持って現れたルイスに驚く聖騎士団達。
先程までは2人だったのに、今は廊下にうじゃうじゃと居た。
ルイスは眉間にシワを寄せる。
ルイス
「道を開けなっ!職人のお通りだよっ!」
ルイスの気迫に聖騎士団は急いで花道を作る。
長い廊下を猛スピードで駆け抜ける。
ロイド
「……この4人のメンバーで今夜限りの演奏をします。
盛り上がっていきましょう!」
永遠とも思えた話が終焉を迎えた。
やっと終わった開放感とやっと演奏が聞ける高揚感で、会場はより盛り上がる。
春一達は目を見合わせ、軽く頷いた。
皆の視線は春一に集まる。
春一は観客を向き、マイクに口を寄せる。
春一
「……それでは、聞いてください」
照明が変わり、導入のベースが始まる。
慣れないながらも必死にベースを弾くクロード。
まあ最初よりかはだいぶ良いな、と春一は内心思う。
ダンテは自身の前にも置かれたマイクでコーラスを入れる。
スティックを大きく振りかぶったロイドは思い切り叩き、一気に会場は
盛り上がる。
大丈夫、今のところ何の問題も無い。
クロードを心配しつつコーラスを入れながらギターを掻き鳴らすダンテ。
ロックは聞き慣れないのか戸惑っていた観客達も段々と乗ってくる。
クロードは必死に弦を押さえ、恥ずかしさにも堪える。
春一もダンテと同様クロードを心配しつつ、歌う。
ギターを弾きながら歌まで歌うとは……とクロードは隣で感心していた。
ダンテもコーラスで春一を支える。
良い感じに観客を巻き込めてるなと、春一は安心した。
ふと、袖幕を見るとカートを持ったルイスが見えた。
まさか演奏をしているとは思っていなかったルイスは、ポカンと舞台を見る。
ルイス、あんなの持ってアイツ何やってんだ?
春一はシーツで被されたカートが気になっていた。
自身の歌とギターにも集中しつつ、何となく横目で意識する。
シーツがモゾモゾと動き出した。
中から現れたのは汗だくの詩乃だった。
ルイスと同じく舞台の光景をポカンと見ている。
10分引き伸ばし作戦ってこれ?という顔だ。
声に出さなくても表情で分かる。
ルイスに急かされて、詩乃は両手を構える。
え?何?まだ終わってなかったの!?
余裕が出てきたクロードは、何となく春一を見る。
春一の奴、チラチラと一体どこを見ている……?
……詩乃にルイス殿!?
2人の存在に気付き、無くなったと思った恥ずかしさが込み上げてきた。
いかんいかん、演奏に集中しなくては……!
弦に視線を固定して、必死な顔で演奏するクロード。
もうすぐラストだ、やり抜くぞ……!
最後の音まで意識して、演奏をなんとか終わらせた。
お、終わった……。
鳴り響く拍手の中、クロードはやり切ったとばかりに大きく息を吐いた。
こんなに清々しい気持ちは久しぶりだった。
隣に居る春一を見る。
スタンディングオベーションをする観客を誇らしげに見ていた。
ふとクロードと目が合った春一は、微笑んだ。
4人は深々とお辞儀をした。
こうして春一の10分引き伸ばし作戦のお陰で、私はなんとか作り上げる事が出来た。
私が作り上げたファントムクリスタルは、輝きもそっくりそのままの瓜ふたつ。
ロイドさんは安心してクリスタルと共に、再び壇上に上がった。
私達4人とダンテさんは部屋に戻る。
ルイス
「まさかあの短時間であそこまでの演奏をするなんて……ホントすごいわぁ、驚きだわ!」
クロード
「私が1番驚いている。
自分があんなに集中力があるとはな……」
ダンテ
「最初はどうなるかと思ったけどね~!
どうどう?オレの演奏、カッコ良かった?」
ダンテさんはルイスさんの肩に手を回した。
詩乃
「ダンテさんは本当に懲りないですね~!
またクロードに手つねられちゃいますよ?」
ダンテさんはそうだったそうだったと、手を頭の上に置いた。
ダンテ
「んじゃあ、そろそろ本物のクリスタルをボイラー室で守らなきゃね!
“今宵”はまだ終わってないし油断は出来ないからね。
後はオレに任せてよ!」
私が両腕に抱えてる箱に、ダンテさんが手を伸ばす。
その腕を春一の手が握り、止めた。
ダンテ
「え?なになに?どうしたの?」
春一
「確かに素敵な夜はまだまだこれからだもんなぁ?
……怪盗クイーンさんよぉ?」
私は目の前の状況が飲み込めなくて、動揺する。
え、ダンテさんが……怪盗Qなの……?
ダンテ
「は?オレが?怪盗Q?そんな訳無いじゃーん!
何でそんな事になっちゃうんだよー!」
ダンテさんはヘラヘラ笑う。
あらぬ疑いを掛けられて笑うしかないのかも。
春一
「ほら?見て?
夕方にクロードさんにつねられた痕が、まだこんなにくっきり残っちゃってんの」
突然春一は左手の甲をダンテさんに見せた。
確かに赤く痕が残っている。
すごい威力だな……。
春一
「まあ、あなたが現れる前の事だったから知らないと思いますけど、実は俺らってクロードにつねられた被害者同盟、密かに組んでた訳ですよ。
でね、ギター練習してた時手袋外したあなたの手の甲を見てみたらー。
あらやだ!綺麗な手の甲じゃない!ってなったんですよー。
あれでも待って?
俺の方が先につねられてこんなに残ってるのに、後につねられたあなたの手が綺麗なお手手っておかしくないですかー?」
ダンテ
「オレ、そういうの治るの早いんだよね」
春一
「へぇ、しらばっくれちゃうんだ?
じゃあルイスさんに質問です」
ルイスさんの方を向く春一。
春一
「あなた最初にダンテさんに会った時、手をどこに回されました?」
ルイス
「えっと……腰、です」
春一
「ついさっきはどこに回されました?」
ルイス
「……あ!肩!」
春一
「俺ね、この手のチャラ男ってやり口一緒だと思うんですよねー。
ワンパターンっていうか」
ダンテ
「……たまには変えたくなる時だってあるよ」
春一
「もー!これでもダメなんですかぁー?
じゃあ奥の手出しちゃおっかなー」
次にクロードを見る。
春一
「クロードさんに質問です。
あなたダンテさんがギター担当に名乗りを上げた時、驚かれてましたね?
どうして?」
クロード
「昔から私以上に不器用なアイツが、ギターなど弾けるとは到底思えなかった……」
春一
「あれれ~?おかしいなぁ?
ダンテさんバリバリカッコ良く弾いてましたよねぇ?
補足としてギター経験者から言わせてもらうとあのテクニック、不器用な人間が出来る代物じゃないんですよぉ?」
黙って聞いていたダンテさんはふっと息を吐いた。
ダンテ
「……あーあ、出しゃばらなければ良かったなぁ」
詩乃
「じゃあ、あなた本当に怪盗Q……?」
怪盗Q
「バレちゃったらしょうがないよね、とりあえず逃げまぁーす!」
ダンテさんに扮した怪盗Qは、踵を返し部屋を出る。
クロード
「待てっ!」
剣を抜き、追い掛けるクロード。
私達も後を追う。
あんなに居た聖騎士団はもう廊下に居なかった。
部屋に入る前に怪盗Qがダンテさんのフリをして、どこかに行かせたんだ!
前を走る怪盗Q。
前方の扉が開き、本物であろうダンテさんが出て来た。
ダンテ
「やっべー、寝ちゃってたわぁ……」
欠伸をしながら、怪盗Qが視界に入る。
ダンテ
「って、俺がいる!?」
ものすごい勢いで向かってくる怪盗Qを見て、ダンテさんはそのまま意識を失った。
倒れたダンテさんを飛び越えて逃げる怪盗Q。
春一
「ドッペルゲンガー見て死ぬって、気絶するって意味なのかよ!
くっそ!俺気絶しなかった!
すげぇ鈍感みてぇじゃんか!」
ダンテさんを飛び越えながらなぜか悔しがる春一。
怪盗Qは船の先端に立っていた。
私達が追いつくと振り返る。
そしてダンテさんの格好から変身した。
怪盗Q
「いやぁ、今宵は満月だね。そりゃ普段しない事もしちゃうよね」
上下赤のスーツを着た、長い髪の女性はハットを片手で押さえた。
怪盗Q
「今まで予告通り全て頂いてきたのに、今回は非常に残念だよ。
だが君達との演奏は実に楽しかったよ、非常に良い夜だった……。
じゃ、バイバーイ!」
ハットを片手で取り、一礼するとそのまま後ろ向きに倒れるように海へと落ちる。
クロード
「なっ!?怪盗Q!!」
怪盗Qが飛び込んだ場所から海を見下ろすも、そこには暗い水面が見えるだけで、怪盗Qの姿はどこにも無かった。
ルイス
「し、死んだの?」
春一
「死ぬ訳無ぇよ、だってアイツ神出鬼没なんだろ?
だったらまたひょっこり現れるだろ」
クロードは鞘に剣を納めた。
クロード
「また現れるのを期待しているように見えるのは気のせいか?」
春一
「……ふっ、まさか」
クロードの言葉に春一は鼻で笑うと、私が両腕に抱えていた箱を取る。
春一
「コイツが手元にあるってだけで儲けもんだと思わねぇとな」
満月に掲げるファントムクリスタル。
月の光を浴びて、紫色にキラキラと光った。
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トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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青春
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ライト文芸
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大衆娯楽
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