仮想現実の歩き方

白雪富夕

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第1章第5話 仮想現実でドッペルゲンガーに会ったら死ぬの?

*7*

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ダンテは他の聖騎士団と共にウェイターとして動きながら、注意深く客を見る。
春一とクロードはロイドと船内を歩く。
夕日が深く差し込んできていて、もうすぐ夜がやって来そうだった。
ロイドはそんな夕日を沈まないでくれとも思っていたし、早く朝日が昇ればとも思っていた。
“今宵”、手紙にはそう書かれていた。
せめて今夜を乗り切る事が出来れば……!

クロード
「……心配だな」

ロイドの心を代弁するかのように呟くクロード。

クロード
「上手くやれるだろうか、かっ彼は……」

危うく“彼女”と言いそうになったのを寸でのところで言い直す。

春一
「彼なら心配無いでしょう」

とは言ったものの、内心春一も心配だった。
初めての試み、披露の時間までに間に合うのか……?

ロイド
「ランタ君の知り合いに、あんな素晴らしい方がいてくれて助かったよ!」

春一
「お役に立てて光栄です」

ロイド
「彼の名前を聞きそびれてしまったな、一体何と言うんだい?」

知らねぇよっ!と言いそうになったところをグッと我慢した。
名前だぁ?
ンなもん考えてねぇぞ?
つーか名前なんかどうでも良いだろうが!
前を歩くロイドの後頭部を睨みつける。
迷う春一。
迷った挙句春一は。

春一
「……シノーメ・シノノフです」

クロード
「ブッ!」

春一の命名に吹き出す隣のクロード。
そんなクロードの足を思い切り踏む春一。

ロイド
「シノーメ・シノノフ……実に良い名だ。覚えておこう」

今度は春一が吹き出しそうになった。
そうかな?そうかな?そんなに良い名かなぁ?
シノーメ・シノノフって何だよ。
自分で言っといて何だよ。
すげぇ酒飲みたくてぱっと浮かんだのスミノフで、それと掛けただけなんだけどさ。
シノーメ・シノノフって……!
やべぇ、心の中で復唱してると余計笑えてくる。
悪ぃな詩乃、お前今日はこれからシノーメ・シノノフだよ。
シ、シノノフ……!!
必死に堪える春一。

クロード
「間に合うと良いですよね、シノノフ殿……」

笑いを堪えていたのはクロードも同じだった。

春一
「……テメェ……!俺のセンス、バカにしてんだろっ……!」

ロイドに聞こえないよう、小声で睨む春一。
吹き出さないように必死に口を閉じ、小刻みに首を横に振るクロード。
その口元は我慢しても笑っていた。



3人はホールに入った。
舞台に向かって客席が階段上に配置されている、一般的な映画館のような造りだ。
大きな舞台の幕は降りている。

ロイド
「ここに皆を集めて披露するつもりなんだ」

ロイドは客席通路を通り、舞台に上がった。
そして、舞台袖に入り幕を上げた。
スクリーンも設置された立派な舞台。
ロイドは舞台上に置かれた階段を駆け上がり、小高くなっている中央に立った。

ロイド
「どうだ?完璧な舞台だろう!
ここにクリスタルを置いて、スポットライトで輝いてもらうんだ!」

ロイドの頭の中には既に披露までのシナリオが完璧に描かれているのだろう。
子供のような無邪気さで2人に説明する。

春一
「ここでバンドでも出来たら最高ですね」

言ってから春一は焦った。
この世界にバンドなんていう物があるのか?
だが、ロイドは笑った。
……良かった、あるみたいだ。

ロイド
「私は若い頃ドラムをやっていたんだよ。
ランタ君は何かやっていたかい?」

春一
「ギターをやってました」

自分がランタであるという事を忘れ答える春一。

ロイド
「そうか、君はギター担当だったのか!
そうだ、この船には楽器もあるぞ!
見に行ってみよう!」

ロイドに連れられてやって来たのはドラムやマイク、アンプなどが置かれているこじんまりとした部屋だった。
先程のホールに比べると狭いが、ここでも充分演奏が出来そうだった。

ロイド
「実に懐かしい……!」

ロイドはドラムのイスに腰掛け、ゆっくりとスネアドラムを撫でた。
春一もスタンドに立てかけてあったエレキギターの弦を触る。

ロイド
「昔はよく友達と集まって練習したなぁ。
初めて小さな舞台に立てた時は、それはもう涙が出るくらい嬉しかったよ」

ロイドは寂しいような懐かしいような何とも言えない顔で微笑んだ。

ロイド
「ランタ君、少しセッションしてくれないかね?」

そう言うとスティックを握り、ドラムを叩き始める。
春一はエレキギターの隣に置いてあるアコースティックギターを手に取り椅子に腰掛けた。
ジャズ調のドラムにギターを合わせていく。
ドラムとギターのゆったりとした音色が心地良く混じり合い、クロードは目を瞑りながら聞いていた。
最後の音が無くなるまで静かに聞いていたクロードは、拍手をした。

ロイド
「どうもありがとう、久々に楽しかったよ」

ロイドは満足気に笑った。
少しセッションで羽を休めた後は見回りをしつつ、部屋へ戻る。
扉の前では聖騎士団が2名程立っていた。

ロイド
「お疲れ様、何か変わった様子は無いかい?」

聖騎士
「お疲れ様です!
中はとても静かで本当にクリスタルを作っているのか心配になる程だったのですが、助手の方が問題無いと」


ウェイターの格好をした眼鏡の真面目そうな聖騎士は、ロイドの質問にそう答えた。

春一
「問題無い、か……」

春一はドアをノックしてみる。
中からルイスが出てきた。

ルイス
「……あら、ランタさん。丁度良いところにいらっしゃいましたわね」

ルイスの言葉に首を傾げる春一。

ルイス
「ランタさんにクロードさん、少し宜しいですか?」

2人は頷き中へ入る。
ロイドも入ろうとしたがルイスに止められる。

ルイス
「ごめんなさい、お2人だけで」

ロイド
「そ、そうか……ならばここで待つとしよう」

再び謝ると、ルイスはロイドの目の前で扉を閉めた。
窓の外は日が暮れて、室内は煌々と明かりがついている。
汗だくになった詩乃が必死に机に向かって手を広げていた。

詩乃
「ご、ごめん!徐々に出来てきてはいるんだけど、まだ掛かりそう!」

机には白い光の中で何となくファントムクリスタルの形が出来てきている。
けれど、完成にはまだ遠かった。

クロード
「このままのペースだと、披露時間までに間に合わん……」

詩乃
「ごめん、ごめんね……!」

クロード
「いや、詩乃を責めている訳じゃないんだ。
君は良く頑張ってくれている」

負い目を感じている詩乃が謝り、クロードがそれを宥めた。
詩乃は申し訳なさと無力さを感じ、目に涙を溜めた。
だがそれを拭う事はせず、必死に両手を広げる。

ルイス
「詩乃ちゃんは頑張ってくれてる。でももう限界よ……」

時間が迫ってきている事もそうだが、ルイスの目から見て詩乃の体力ももう限界に近付いてきていた。
腕を震わせ、脂汗をかく詩乃にこれ以上無理はさせたくなかった。

クロード
「……そうだな、ロイド殿には私から伝えよう」

詩乃
「待って!」

部屋を出ようとしたクロードを詩乃が声で止める。
クロードが振り返ると、詩乃は白い光を見つめていた。

詩乃
「……せっかくここまで来たの、こんなところで諦めたくないよ。
私はまだ大丈夫……!」

クロードは詩乃に近付き、汗と涙をマントで拭った。

クロード
「大丈夫?この状態で大丈夫だと私は判断出来ん」

詩乃
「自分の事は自分が1番分かってる!
私が大丈夫って言ってるなら大丈夫なの!
今まで私がワガママ言った事あった?
このワガママは聞いてほしい……お願い……!」

確かに詩乃がワガママを言ったのは、出会ってから初めてだった。
クロードは何も言えなくなる。

詩乃
「自分でやるって決めた事くらいは、貫き通させてよ……」

涙が頬を伝い、机に落ちた。

春一
「……10分だ」

壁にもたれ掛かり、腕を組んで黙っていた春一が口を開いた。

春一
「披露開始時間を10分間だけ延長させる。
それまでに完成させろ」

ルイス
「何言ってんの!?もう詩乃ちゃん限界なんだよ?
披露開始までギリギリ持つかどうかってところなのに、10分も続けさせるなんて!」

春一
「人の限界を他人が決めんじゃねぇよ。
10分しかだろ。俺には10分しか引き伸ばせらんねぇ。
でもちったぁマシだろ。俺は俺の出来る事をやる。
コイツにはコイツの出来る事をやってもらうだけだ」

春一は詩乃に近付き、肩に手を置いた。

春一
「お前、まだいけるんだろ?」

辛い、キツい、しんどい、やめたい。
そう思う自分もいる。
でも、続けたい。
信じてくれた人達を裏切りたくないから。
だから、やめない。
私が出来る事が今ここにあるなら、私はやりたい。
やる。
私は……いける……!
詩乃は大きく頷いた。
涙を流しながら頷いた。

春一
「分かった、続けろ。
開始時間までまだある、お前にはそこから10分余裕がある。
……詩乃なら、やれる」

春一の左手が置かれた右肩が急に熱くなる。
まるで春一のエネルギーが肩から心へ、両手へ、流れ込んできているようだった。
自分に言い聞かせ奮い立たせてた時よりも、もっとずっと頑張れる気がした。

春一
「ルイスは傍に居てやれ、詩乃を母性で支えられんのはお前だけだ」

ルイスはクスッと笑った。

ルイス
「まっ、2人よりかは多少母性らしき物はあるかな?
オカマから母性と女子力取ったらただの男だもんね」

春一は詩乃から離れ、クロードを見る。

春一
「行くぞ」

クロード
「何処へ?」

既にノブに手を掛けている春一は、クロードに振り返った。

春一
「……仲間集め」

そう言ってニヤリと笑った。
廊下に出た春一とクロード。
ロイドが近付く。
近付くや否や春一がロイドに言う。

春一
「ロイドさん、バンドやりましょうか?」

首を傾げるロイド。
同様にクロードも首を傾げた。
10分引き伸ばすとはこういう事か……。

ロイド
「な、何故……?彼は大丈夫なのかい?」

春一
「問題無いですよ。
お披露目の前にバンド演奏で盛り上げましょうよ!」

あくまで盛り上げる為であって、決して時間稼ぎの為と言わないところが春一らしいとクロードは思った。

ロイド
「そうか、それなら一安心だ。
披露の前に演奏するなんて、なかなか面白いじゃないか。
だがあまり時間が無い、早く練習をしなくては……曲はどうするんだい?」

春一
「その前にメンバー集めですよ。
俺はギター、ロイドさんはドラム。
……クロードさん、ベースは?」

クロード
「……出来ていたらもっとバンド話に参加しています……」

どうりで静かだと思った……。
やっぱ出来ないか。

春一
「ではクロードさんはベースで。
私はボーカル兼ギターをしますので」

クロード
「いやだから楽器はやった事が無いと……!」

動揺してつい素が出るクロードを、春一は引っ張って耳打ちをする。

春一
「じゃあお前俺の代わりにギター兼ボーカル出来んのか?
どっちかつったらベースの方が良いだろうよ、頑張って覚えてくれ」

納得がいかないクロード。
それを無視して春一はロイドの元へ戻る。

春一
「後はもう1人ギターが居ればなんとか……」

ダンテ
「その話、乗った!」

いつの間にか春一とクロードの後ろに居たダンテが名乗りを上げた。

クロード
「!?」

驚くクロードににんまりと笑うダンテ。

春一
「ピースは揃った、行きますか!」
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