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第1章第2話 旅は道連れ、世は仮想現実
*4*
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次の日、私達は桜舞ヶ丘村を目指し旅に出た。
大きなリュックを背負い、期待に胸を膨らませ軽やかな足取りで。
清々しい程の青い空から気持ちの良い日差しが降り注ぎ、緑の絨毯をキラキラ照らす。
柔らかな風が頬を掠め、髪をなびかせた。
詩乃
「旅の始まりとしては完璧なお天気~!」
茶色い土の道を歩く私は、ぐーっと大きく伸びをする。
鼻から新緑の香りが深く入ってきて気持ちが良い。
詩乃
「わ!綺麗なお花!」
駆け足で原っぱに咲くお花に近付く私。
クロード
「あ!あんまり道から逸れると」
詩乃
「うぎゃ!!!」
クロード
「穴に落ちるぞって、もう遅かったか……」
さっきまでの景色とは打って変わり、茶色の土の層が私を囲んでいた。
詩乃
「痛ったた~!何なのよこれ~!!」
クロード
「全く……世話の焼ける奴だな」
ぽっかりと空いた穴からは憎らしい程の青い空。
そこからニョキっと差し伸ばされるクロードの手を掴み、私は這い上がった。
春一
「花如きではしゃいで穴に落ちるとかガキかよ」
春一は心配する訳でも無く、鼻で笑う。
子供の姿で言われると余計腹立つ。
ルイス
「ちょっともう~大丈夫?」
ルイスさんが私の側で跪き、擦りむいた膝の手当をしてくれた。
詩乃
「何でこんな所に落とし穴なんてあるのよ!」
クロード
「この地帯は巣を作る為に穴を掘る蛮族が居る。
だから落とし穴というか巣穴だな」
な、なるほど……。
気を付けないと。
春一
「良い旅の始まりになったなぁ」
ニタニタと笑う春一をキッ!と睨んだ。
手当をしてくれたルイスさんにお礼を言って立ち上がる。
ルイス
「まあでも、空っぽの巣穴で良かったじゃない!」
詩乃
「そうですよね!不幸中の幸いという事で!」
そうだ、落ち込んでいても仕方無い。
今からが素敵な旅の始まりなんだから!
服の汚れを払い、私は元居た道に戻ろうと歩みを進める。
詩乃
「いやー、皆さんご心配お掛けしてすみません!これからはビシッと、ぬわっ!」
さっきより深い穴に落ちた私。
ツイて無さ過ぎ……!
深い縦穴は横にも広がっている。
背後から耳がキーンとするような音が聞こえた。
そっと後ろを振り返る。
???
「キィィィ!!!」
詩乃
「ギャァァァ!!!出たぁぁぁぁ!!!」
2m程ありそうな背丈の植物で、剥き出しの根っこをウネウネさせながら私に近付いて来る謎の化け物。
オレンジ色の花びらが毒々しい。
茎は大きく丸みを帯びていて、十字の切れ込みの中には無数もの鋭い牙が見える。
ど、どうしよう!
左親指にはめている指輪を右手でギュッと握った。
その時、上から大きい手が伸びて来た。
そのまま私の胴回りをぐっと掴まれる。
詩乃
「な、何!?」
掴まれたまま、すごい勢いで上に引き上げられた。
緑が眩しい。
さっきの原っぱに戻って来たんだ……!
ただ先程より原っぱは遠く、空が近い。
高々と持ち上げられている私は、大きな手の手首から伸ばされているスプリングを目で辿っていく。
スプリングは春一が手に持つ、銀色のお弁当箱サイズの箱から伸びていた。
春一
「へ~い、一本釣り~!」
詩乃
「なっ何これ!?」
春一
「何ってビッグハンド玉手箱だけど?」
詩乃
「知ってて当然みたいに言わないでよ!
ていうか早く降ろしてよ!」
春一
「このまま掴まれてた方が安全なんじゃねぇの?」
確かにこのままだったら穴に落ちずに済むな……じゃなくて!
こんな天高く晒され、ビヨンビヨンしながら旅するなんてあまりにもカッコ悪い。
詩乃
「ごめんなさい!気を付けるっ!恥ずかしいから降ろしてください~!!」
何とか原っぱに降ろしてもらった私。
春一が使ったビッグハンド玉手箱なる物は、アドルフさんから購入した物らしい。
まあ、でしょうね……!
今度は肘を怪我したのでルイスさんに手当をしてもらった。
礼を言い、元居た道に慎重に戻る。
詩乃
「あ~、さっきの化け物怖かった~何なのあれ……」
クロード
「テールフルールという蛮族で、温厚で至って無害な奴らだ」
ルイス
「巣穴に入り込まない限りはね」
春一
「いきなり自分ちに知らねぇ奴が入って来たら、誰だって怒るよなぁ~」
そうか、私が100%悪いな。
はぁ、なんかもうお腹空いてきちゃったなぁ。
ふと横を見ると、赤い美味しそうな果実が実っている木を見つけた。
詩乃
「わ!美味しそう~!」
私はその辺に落ちていた木の枝を拾って、果物を叩き落とそうとした。
だけど果物は落ちず、代わりに落ちたものは……。
???
「シャー!!」
詩乃
「いやぁ!ヘビィィィィ!!!」
人を丸呑み出来そうな黒と茶色の斑模様の大蛇が、私の目の前でチラチラと赤い舌を見せる。
クロード
「ハッ!」
落ちてきたヘビを何の躊躇いもなく真っ二つに切るクロード。
クロード
「全く……何故そんなにトラブルを起こすのだ……」
詩乃
「ごめんなさい……あんなのが落ちてくるなんて思わなくて……」
春一
「お前マジでジッとしてろよ……!」
呆れ混じりの春一に私は何も言い返せない。
詩乃
「今日、ツイてないなぁ……」
項垂れる私に、ルイスさんは哀れみの目をしながら肩に手をポンと乗せた。
その後の私は踏んだり蹴ったりだった。
お昼ご飯にルイスさんが作ってくれたご飯を思いっきりひっくり返してしまったり。
やたら私に虫が止まるし、何かに刺されて痒いし。
まさに泣きっ面に蜂状態。
そんなこんなで日が暮れて私達はある街に着いた。
眩しい程輝くネオンの看板。
賑わう街。
私はこの場所に見覚えがある。
詩乃
「横浜の中華街じゃん」
春一
「似てるけど別モンな」
クロード
「九龍街だ」
詩乃
「へぇ!良いね!私、中華街割りと好きなんだよね!
餃子食べたい、あと小籠包も!
杏仁ソフトもあったりするのかなー」
春一
「話聞いてたか?中華街とは違うんだっつーの!
杏仁ソフトとかある訳無ぇだろ」
やっぱ無いかー!
ルイス
「詩乃ちゃん、あんまり離れちゃダメよ。
少し危険な街だから」
詩乃
「危険?」
ルイス
「とりあえず1人にならなければ大丈夫だから」
私は首を傾げながらも、頷いた。
中華街もとい九龍街は、夜なのに昼間のように活気溢れていた。
すれ違うチャイナ服を着た人達に、不思議そうに見られる。
まあ格好の違いだよね。
店先に並ぶ美味しそうな食べ物が鼻をくすぐる。
豚の丸焼きが紐で宙ぶらりん状態になっていたり。
とにかくお腹が空く街だった。
お昼ご飯食べてないから余計に……。
クロード
「今夜泊まる宿を探さないとな」
良かった、野宿を避けられる!
春一
「チェッ、キャンプしたかったなー」
詩乃
「えー?何でー?キャンプって野宿じゃん、大変だよ?」
した事無いけど。
春一
「それが良いんじゃんか!旅してる感出るだろ?」
そう言うとクロードのマントの裾を掴み、左右に揺らしだす。
春一
「なーなークロードー!
今からでも遅くねぇよ、キャンプしようぜー?」
クロード
「いや、極力野営は避けよう。
私は慣れているが、やはり民や女性は安全な所で休むのが1番だろう」
春一
「ケッ、カッコつけやがって……!」
マントから乱暴に手を離す春一。
クロードは理解あるわぁ~!
ルイス
「私も他の街の宿屋がどんな風か見てみたいし!
あ、あそこなんてどうかしら?」
クロード
「うむ、行ってみるとするか」
ルイスさんが見つけた宿屋へと足を向かわせる私達。
???
「もし、そこのお嬢サン」
声を掛けられ、振り向く。
詩乃
「私?」
???
「そう、私」
建物と建物の間。
暗い路地裏でひっそりと立つ、黒地に金の刺繍が入ったチャイナ服の男。
肩くらいの長めの緑色の髪が、さらさらと風に揺れた。
糸目の彼は、まっすぐ私を見ている。
???
「お嬢サン、今日は災難だったネ」
詩乃
「何でそれを……!?」
???
「理由を知りたいならオイデ」
細い目を更に細くさせ、口角を上げニヤリと笑うと、男は背中を向け暗い路地裏へと溶けていく。
私は男について行こうとし、足を止める。
みんなはもう宿屋へと向かっていて、人混みに消えていた。
災難の理由が知りたい。
だけどルイスさんが離れちゃダメだって……。
でも。
理由が分かればみんなの足を引っ張る事は無いよね。
私は男について行く事にした。
暗い路地裏の先に小さな扉があって、中に入ると不思議な空間が広がっていた。
何個かのフロアランプが緑色に光っているだけなので、中は薄暗い。
ロウソクも何本かある。
嗅いだ事無い不思議なお香の香りが柔らかく私を包む。
占い師が使うような水晶玉を前に、男は椅子に腰掛けた。
???
「ボクの名前は闇狐。
見ての通りの占い師だヨ」
詩乃
「東雲詩乃、です……」
闇狐
「緊張してるんだネ。
大丈夫、心配いらないから座って」
水晶玉がある机の対面の椅子に座るよう、促した。
私は素直に椅子に座る。
闇狐
「さて、今日は災難続きで大変だったデショ?」
詩乃
「そうなんです……!今日は朝からずっと……」
私は闇狐に洗いざらい今日の出来事を話した。
その間、闇狐はニコニコと頷きながら聞いてくれた。
そうか、大変だったネ、疲れたよネ。
聞き上手な闇狐がそう言って私の話を聞いてくれるので、私は気分が良くなってペラペラと話してしまう。
聞かれても無い事までペラペラと。
詩乃
「せっかく旅に出たのに、このままみんなの足を引っ張っちゃうだけなのかって。
私、お荷物になっちゃうなって……」
闇狐
「なるほどなるほど、それは困ったネ……。
ここでひとつ質問なんだけど」
闇狐
「どうして詩乃チャンは帰りたいノ?」
突然、闇狐の顔から笑顔が消えて戸惑う。
だけどそれは一瞬で、すぐに元の笑顔へと戻る。
詩乃
「え……?」
闇狐
「そんなに元の世界に帰りたいノ?
帰ってもつまらないんじゃないカナ?」
詩乃
「つまらない……」
闇狐
「帰ってもイイ事待ってるとは限らない。
進路の事だって決めなきゃダシ、色々めんどくさいヨ」
詩乃
「めんどくさい……」
闇狐
「ココはそんな所とは違って良い所ダヨー!
ツラい事めんどくさい事、なーんにも無い!
だからずーっとココに居なヨ、ココは幸せだヨ」
詩乃
「しあ、わせ……」
幸せ、しあわせ、シアワセ。
なんて素敵な言葉なんだろう。
頭がぽわぽわして、体があったかい。
そうか、ココに居れば、全部、シアワセ。
闇狐
「帰らなければ旅に出る必要は無い。
旅に出る必要が無ければ、みんなに迷惑掛ける事も無い。
みーんな解決だネ」
そうか、ここで旅が終われば良い。
みんなに迷惑も掛けない。
私もしあわせ、みんなもしあわせ。
ぼーっと見つめていた水晶玉が、不気味に赤を濃くしながら光っていく。
甘く不思議なお香の香りがどんどん強くなっていく。
そこで完全に私の意識は途絶えた。
大きなリュックを背負い、期待に胸を膨らませ軽やかな足取りで。
清々しい程の青い空から気持ちの良い日差しが降り注ぎ、緑の絨毯をキラキラ照らす。
柔らかな風が頬を掠め、髪をなびかせた。
詩乃
「旅の始まりとしては完璧なお天気~!」
茶色い土の道を歩く私は、ぐーっと大きく伸びをする。
鼻から新緑の香りが深く入ってきて気持ちが良い。
詩乃
「わ!綺麗なお花!」
駆け足で原っぱに咲くお花に近付く私。
クロード
「あ!あんまり道から逸れると」
詩乃
「うぎゃ!!!」
クロード
「穴に落ちるぞって、もう遅かったか……」
さっきまでの景色とは打って変わり、茶色の土の層が私を囲んでいた。
詩乃
「痛ったた~!何なのよこれ~!!」
クロード
「全く……世話の焼ける奴だな」
ぽっかりと空いた穴からは憎らしい程の青い空。
そこからニョキっと差し伸ばされるクロードの手を掴み、私は這い上がった。
春一
「花如きではしゃいで穴に落ちるとかガキかよ」
春一は心配する訳でも無く、鼻で笑う。
子供の姿で言われると余計腹立つ。
ルイス
「ちょっともう~大丈夫?」
ルイスさんが私の側で跪き、擦りむいた膝の手当をしてくれた。
詩乃
「何でこんな所に落とし穴なんてあるのよ!」
クロード
「この地帯は巣を作る為に穴を掘る蛮族が居る。
だから落とし穴というか巣穴だな」
な、なるほど……。
気を付けないと。
春一
「良い旅の始まりになったなぁ」
ニタニタと笑う春一をキッ!と睨んだ。
手当をしてくれたルイスさんにお礼を言って立ち上がる。
ルイス
「まあでも、空っぽの巣穴で良かったじゃない!」
詩乃
「そうですよね!不幸中の幸いという事で!」
そうだ、落ち込んでいても仕方無い。
今からが素敵な旅の始まりなんだから!
服の汚れを払い、私は元居た道に戻ろうと歩みを進める。
詩乃
「いやー、皆さんご心配お掛けしてすみません!これからはビシッと、ぬわっ!」
さっきより深い穴に落ちた私。
ツイて無さ過ぎ……!
深い縦穴は横にも広がっている。
背後から耳がキーンとするような音が聞こえた。
そっと後ろを振り返る。
???
「キィィィ!!!」
詩乃
「ギャァァァ!!!出たぁぁぁぁ!!!」
2m程ありそうな背丈の植物で、剥き出しの根っこをウネウネさせながら私に近付いて来る謎の化け物。
オレンジ色の花びらが毒々しい。
茎は大きく丸みを帯びていて、十字の切れ込みの中には無数もの鋭い牙が見える。
ど、どうしよう!
左親指にはめている指輪を右手でギュッと握った。
その時、上から大きい手が伸びて来た。
そのまま私の胴回りをぐっと掴まれる。
詩乃
「な、何!?」
掴まれたまま、すごい勢いで上に引き上げられた。
緑が眩しい。
さっきの原っぱに戻って来たんだ……!
ただ先程より原っぱは遠く、空が近い。
高々と持ち上げられている私は、大きな手の手首から伸ばされているスプリングを目で辿っていく。
スプリングは春一が手に持つ、銀色のお弁当箱サイズの箱から伸びていた。
春一
「へ~い、一本釣り~!」
詩乃
「なっ何これ!?」
春一
「何ってビッグハンド玉手箱だけど?」
詩乃
「知ってて当然みたいに言わないでよ!
ていうか早く降ろしてよ!」
春一
「このまま掴まれてた方が安全なんじゃねぇの?」
確かにこのままだったら穴に落ちずに済むな……じゃなくて!
こんな天高く晒され、ビヨンビヨンしながら旅するなんてあまりにもカッコ悪い。
詩乃
「ごめんなさい!気を付けるっ!恥ずかしいから降ろしてください~!!」
何とか原っぱに降ろしてもらった私。
春一が使ったビッグハンド玉手箱なる物は、アドルフさんから購入した物らしい。
まあ、でしょうね……!
今度は肘を怪我したのでルイスさんに手当をしてもらった。
礼を言い、元居た道に慎重に戻る。
詩乃
「あ~、さっきの化け物怖かった~何なのあれ……」
クロード
「テールフルールという蛮族で、温厚で至って無害な奴らだ」
ルイス
「巣穴に入り込まない限りはね」
春一
「いきなり自分ちに知らねぇ奴が入って来たら、誰だって怒るよなぁ~」
そうか、私が100%悪いな。
はぁ、なんかもうお腹空いてきちゃったなぁ。
ふと横を見ると、赤い美味しそうな果実が実っている木を見つけた。
詩乃
「わ!美味しそう~!」
私はその辺に落ちていた木の枝を拾って、果物を叩き落とそうとした。
だけど果物は落ちず、代わりに落ちたものは……。
???
「シャー!!」
詩乃
「いやぁ!ヘビィィィィ!!!」
人を丸呑み出来そうな黒と茶色の斑模様の大蛇が、私の目の前でチラチラと赤い舌を見せる。
クロード
「ハッ!」
落ちてきたヘビを何の躊躇いもなく真っ二つに切るクロード。
クロード
「全く……何故そんなにトラブルを起こすのだ……」
詩乃
「ごめんなさい……あんなのが落ちてくるなんて思わなくて……」
春一
「お前マジでジッとしてろよ……!」
呆れ混じりの春一に私は何も言い返せない。
詩乃
「今日、ツイてないなぁ……」
項垂れる私に、ルイスさんは哀れみの目をしながら肩に手をポンと乗せた。
その後の私は踏んだり蹴ったりだった。
お昼ご飯にルイスさんが作ってくれたご飯を思いっきりひっくり返してしまったり。
やたら私に虫が止まるし、何かに刺されて痒いし。
まさに泣きっ面に蜂状態。
そんなこんなで日が暮れて私達はある街に着いた。
眩しい程輝くネオンの看板。
賑わう街。
私はこの場所に見覚えがある。
詩乃
「横浜の中華街じゃん」
春一
「似てるけど別モンな」
クロード
「九龍街だ」
詩乃
「へぇ!良いね!私、中華街割りと好きなんだよね!
餃子食べたい、あと小籠包も!
杏仁ソフトもあったりするのかなー」
春一
「話聞いてたか?中華街とは違うんだっつーの!
杏仁ソフトとかある訳無ぇだろ」
やっぱ無いかー!
ルイス
「詩乃ちゃん、あんまり離れちゃダメよ。
少し危険な街だから」
詩乃
「危険?」
ルイス
「とりあえず1人にならなければ大丈夫だから」
私は首を傾げながらも、頷いた。
中華街もとい九龍街は、夜なのに昼間のように活気溢れていた。
すれ違うチャイナ服を着た人達に、不思議そうに見られる。
まあ格好の違いだよね。
店先に並ぶ美味しそうな食べ物が鼻をくすぐる。
豚の丸焼きが紐で宙ぶらりん状態になっていたり。
とにかくお腹が空く街だった。
お昼ご飯食べてないから余計に……。
クロード
「今夜泊まる宿を探さないとな」
良かった、野宿を避けられる!
春一
「チェッ、キャンプしたかったなー」
詩乃
「えー?何でー?キャンプって野宿じゃん、大変だよ?」
した事無いけど。
春一
「それが良いんじゃんか!旅してる感出るだろ?」
そう言うとクロードのマントの裾を掴み、左右に揺らしだす。
春一
「なーなークロードー!
今からでも遅くねぇよ、キャンプしようぜー?」
クロード
「いや、極力野営は避けよう。
私は慣れているが、やはり民や女性は安全な所で休むのが1番だろう」
春一
「ケッ、カッコつけやがって……!」
マントから乱暴に手を離す春一。
クロードは理解あるわぁ~!
ルイス
「私も他の街の宿屋がどんな風か見てみたいし!
あ、あそこなんてどうかしら?」
クロード
「うむ、行ってみるとするか」
ルイスさんが見つけた宿屋へと足を向かわせる私達。
???
「もし、そこのお嬢サン」
声を掛けられ、振り向く。
詩乃
「私?」
???
「そう、私」
建物と建物の間。
暗い路地裏でひっそりと立つ、黒地に金の刺繍が入ったチャイナ服の男。
肩くらいの長めの緑色の髪が、さらさらと風に揺れた。
糸目の彼は、まっすぐ私を見ている。
???
「お嬢サン、今日は災難だったネ」
詩乃
「何でそれを……!?」
???
「理由を知りたいならオイデ」
細い目を更に細くさせ、口角を上げニヤリと笑うと、男は背中を向け暗い路地裏へと溶けていく。
私は男について行こうとし、足を止める。
みんなはもう宿屋へと向かっていて、人混みに消えていた。
災難の理由が知りたい。
だけどルイスさんが離れちゃダメだって……。
でも。
理由が分かればみんなの足を引っ張る事は無いよね。
私は男について行く事にした。
暗い路地裏の先に小さな扉があって、中に入ると不思議な空間が広がっていた。
何個かのフロアランプが緑色に光っているだけなので、中は薄暗い。
ロウソクも何本かある。
嗅いだ事無い不思議なお香の香りが柔らかく私を包む。
占い師が使うような水晶玉を前に、男は椅子に腰掛けた。
???
「ボクの名前は闇狐。
見ての通りの占い師だヨ」
詩乃
「東雲詩乃、です……」
闇狐
「緊張してるんだネ。
大丈夫、心配いらないから座って」
水晶玉がある机の対面の椅子に座るよう、促した。
私は素直に椅子に座る。
闇狐
「さて、今日は災難続きで大変だったデショ?」
詩乃
「そうなんです……!今日は朝からずっと……」
私は闇狐に洗いざらい今日の出来事を話した。
その間、闇狐はニコニコと頷きながら聞いてくれた。
そうか、大変だったネ、疲れたよネ。
聞き上手な闇狐がそう言って私の話を聞いてくれるので、私は気分が良くなってペラペラと話してしまう。
聞かれても無い事までペラペラと。
詩乃
「せっかく旅に出たのに、このままみんなの足を引っ張っちゃうだけなのかって。
私、お荷物になっちゃうなって……」
闇狐
「なるほどなるほど、それは困ったネ……。
ここでひとつ質問なんだけど」
闇狐
「どうして詩乃チャンは帰りたいノ?」
突然、闇狐の顔から笑顔が消えて戸惑う。
だけどそれは一瞬で、すぐに元の笑顔へと戻る。
詩乃
「え……?」
闇狐
「そんなに元の世界に帰りたいノ?
帰ってもつまらないんじゃないカナ?」
詩乃
「つまらない……」
闇狐
「帰ってもイイ事待ってるとは限らない。
進路の事だって決めなきゃダシ、色々めんどくさいヨ」
詩乃
「めんどくさい……」
闇狐
「ココはそんな所とは違って良い所ダヨー!
ツラい事めんどくさい事、なーんにも無い!
だからずーっとココに居なヨ、ココは幸せだヨ」
詩乃
「しあ、わせ……」
幸せ、しあわせ、シアワセ。
なんて素敵な言葉なんだろう。
頭がぽわぽわして、体があったかい。
そうか、ココに居れば、全部、シアワセ。
闇狐
「帰らなければ旅に出る必要は無い。
旅に出る必要が無ければ、みんなに迷惑掛ける事も無い。
みーんな解決だネ」
そうか、ここで旅が終われば良い。
みんなに迷惑も掛けない。
私もしあわせ、みんなもしあわせ。
ぼーっと見つめていた水晶玉が、不気味に赤を濃くしながら光っていく。
甘く不思議なお香の香りがどんどん強くなっていく。
そこで完全に私の意識は途絶えた。
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