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11.決着

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 山籠もりでやったことを思い出す。

 集中。

 腰を落とし、拳を構えた。

 そして全魔力を身体能力強化に注ぐ。
 山殴りをする中で、魔力をどう操作し、どう配分すれば最も効率よく身体を強化できるかは熟知していた。

 体中に力が漲ってくるのがわかる。

「……ッ! なによその魔力!」

 俺の空気が変わったのを感じ取ったのか、ユナが少し後ずさる。
 ユナの表情に焦りが入り混じっている。
 どうやら俺に対してかなりの警戒心を抱いているようだ。
 すぐさまユナが詠唱を始めた。

「深淵に在る者よ。我は求め訴えん。仇名す者達に粛清を。我が名はユナ。『常闇とこやみ』」

 ユナが詠唱を唱え終えた、その瞬間だった。
 俺の身体にものすごい重力がかかる。

「どう? 体が重くて動けないでしょ」

 とユナがあざ笑うかのように言う。
 なんだこれは。
 重力を操る魔法か?

 それにしてもなんて威力の魔法だ。
 まるで身体に何百キロの重りをつけられたかのようだ。
 こんな魔法使われたら身体を自由に動かせるわけがない。

 ──俺以外の人間は。

「そのまま、やられなさい!」

 ユナがまるで弾丸のような速度で俺へと肉薄してくる。

 だが、俺にはそれがゆっくりに見えた。

 やはりだ。

 身体能力強化を使うと、ユナの速度ですらスロー映像のように捉えることができる。

 横薙ぎに振られるユナの剣を、じっくり見た。
 そして俺は、重力など関係なく跳んだ。

 ユナの剣が俺の足下すれすれを通り過ぎていく。

 剣を振り切ったユナの顔が驚愕の色に染まっている。

「『常闇』の重力の中で跳んだ!?」

 まあ、身体が重たいっちゃ重たいけど、俺の身体能力強化の前ではほとんど意味をなさなかったようだ。むしろ軽すぎる身体をいい感じに抑えつけてくれてやりやすくなっているくらいだ。

 しかし驚愕はしつつも、さすがはユナ。続けざまに、地面に着地する直前の俺に、返す刀を振るってくる。
 俺は空中で身体をひねり、その剣をかわした。

「ッ! なんで私の剣をそこまで見切れるのよ!」

 剣を振り切ったユナの身体に、わずかの隙があった。

 俺はスローの世界で、それを見逃さない。

 スッ。

 拳を構える。

 山で何回も繰り返した動作。
 過酷な修行で身に付けた力。

 俺は、がら空きのユナの腹部に拳を突き出した。

 俺の拳が空気摩擦によって、とてつもない轟音をあげながらユナに迫る。
 拳がユナに当たる直前だった。


 ──ヤバいッ!


 俺は直感した。


 


***


 その瞬間、ユナは昔のことを思い出していた。
 今は亡き両親との楽しかった日々や、数少ない友達と呼べる存在との日々。

 そして今では剣聖となったライバルと切磋琢磨した日々。
 ──今頃、あいつはどうしているだろうか。

 私は知っている。
 あいつは道を踏み外した。
 確かな実力を持っていながら、その剣を悪に染めようとしている。
 あいつを放っておけば世界は大変なことになる。
 私はあいつを止めなければならない。
 それが友としてのつとめだ。

 それなのに……。私はここで死ぬのか?
 まだつとめを果たしていないのに。
 やり残したことがあるのに。
 あいつを止めたかった。


 剣聖、ギル・アルベルトを。



 ハッとユナは意識を現実に戻した。

(今のは、走馬灯?)

 ユナの目には拳を繰り出すハルトの姿が映っていた。
 しかしその拳はあまりにも速すぎた。
 ユナにはその拳を避けることもどうすることもできない。

(あ、死んだ)

 ユナがそう思った次の瞬間だった。

 鳴り響く轟音とともに、正面から突風が吹いた。
 まるで嵐のような強風がユナの髪を激しくなびかせる。

 そして、その風が止むと、途端に静けさが訪れた。

 ユナの正面には、ギリギリで寸止めされたハルトの拳があった。

 ***

 危なかった。
 ユナを殺してしまう所だった。

「…………」

 ユナは呆然とした表情で固まっている。
 そして膝を地面につき、へたり込んだ。

「死んだと思った……」

 と、ユナは呆然とした表情のまま呟く。
 ……俺だってビビったよ。自分の拳の威力に。
 俺自身、人を殺しかけたことに動揺して、一時的に思考停止してしまっていた。

 ユナは地面にへたり込んだまま、俺を見上げた。

「あんた一体何者なのよ……」
「何者かと言われてもなぁ……」
「言っとくけど、私は剣聖に勝ったことだってあるのよ? その私の剣を完全に見切って、しかもここまで圧倒するなんて……」

 まじか。強いとは思ったけどやっぱユナは剣聖レベルの剣士だったか。
 
 ユナは、はぁとため息をついた。

「認めるわ。私の負けよ」

 ユナはそう言いながら、手に持っていた木刀を地面に捨てた。

「ほ、本当か!」
「当たり前じゃない。あんた強すぎよ」
「ってことは、ギルドに入れてくれるのか……?」
「……いいわよ。あんたほどの実力者が入ってくれるのなら私も大歓迎だわ」
「おお……! 本当か……!」

 ユナの表情はさっきまでと違い、どこか柔らかい印象を受ける。
 俺は、ユナに認めてもらえたということだろうか。
 ついにギルドに入ることができるのだろうか。

 昔からずっと憧れていたギルドに。
 どれだけ手を伸ばしても届かなかったギルドに。

 思わず涙が溢れ出てきそうになる。

 しかし、なぜかユナは申し訳なさそうな表情をしていた。
 
「けど、良いの? あんたほどの実力者がマゼルダ族の私なんかのギルドに入るなんて……」

 と、ユナは人差し指でくるくると紫の髪をいじりながら言った。
 強気な性格に思えるユナだが、やはり自分がマゼルダ族の末裔であることを気にしているのだろうか。
 全く。そんなの気にしなくていいのに。

「マゼルダ族なんて俺はまったく気にしないぞ。ユナの先祖がやったことをなんでユナがあーだこーだ言われなきゃなんねーんだよ。もしユナのことを悪く言うやつがいたら俺がそいつをぶっ飛ばしてやるさ」
「……別に私は周りなんか気にしないけど」

 ユナは俯きながらそう言った。
 なぜか俯くユナの頬は真っ赤に染まっていた。

「それに俺、ギルドに入って仲間と一緒に戦うのが夢だったんだよ。だからユナのギルドに入ってその夢をかなえたいんだ」
「ふーん……。そっか」

 ユナはそう呟いて、視線をあちらこちらへ彷徨わせる。
 そして意を決したかのように顔を上げた。

「仕方ないわね。そこまで言うなら私のギルドに入れてあげるわ!」

 と、ユナはくっと顎を上げ、腰に手を当てて偉そうに言った。
 相変わらず素直じゃないなぁ……。
 と思っていると。
 ユナが俺に手を差し伸べてきた。

「よろしくね。ハルト」

 ユナは花が咲いたように笑ってそう言った。
 初めてちゃんと笑うユナを見たかもしれない。
 とても可愛らしい笑顔だった。

「ああ、よろしく」

 俺は差し出されたユナの手を握った。
 俺の夢が叶った瞬間だった。
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